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『夜明けのすべて』夜明けの呼吸の整え方

Ⓒ瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

『夜明けのすべて』夜明けの呼吸の整え方

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お節介というメッセージ



 『夜明けのすべて』は藤沢が倒れ、雨でずぶ濡れになるシーンから始まる。警察に保護された藤沢を母親(りょう)が引き取りにくる。警察署から出てきた二人が傘もささずに足早に走り去っていく何でもないショットが素晴らしい。一人暮らしの娘を心配していろんなものを送ってくる母親。娘はそんな母親のお節介に少し疲れているが、母親の育て方は確実に娘に受け継がれている。藤沢はPMSの症状で職場に迷惑をかけたときなど、同僚にお菓子を差し入れする行為が自然と身についている。藤沢の行動を見ているだけで、彼女がどのように育てられてきたか分かるようになっている。物語として描かれない部分、藤沢のバックグラウンドを想像することができるのだ。


 とりわけ、山添の恋人・千尋(芋生悠)と藤沢のやり取りが素晴らしい。藤沢は届け物をするために寄った山添の部屋の前で千尋と出会う。留守なことを知った藤沢は、食べ歩きをしながら家路につく(本作では藤沢=上白石萌音のお菓子を頬張る姿がとても印象に残る!)。千尋は藤沢を追いかけて話を聞こうとする。藤沢は神社で買ったお守りが余ったからと、おもむろに千尋にプレゼントしようとする。たったこの一瞬のやり取りで千尋は山添の同僚を名乗る藤沢という女性が、いったいどういう人柄なのかを察する。彼女がどのように育てられてきたのかを想像する。目の前にいる女性にまるで打算がないことを見抜く。藤沢という女性が、自分や山添の敵ではないことを知る。千尋は防御本能を完全に解除する。世話焼きでまったく嫌味のない藤沢というキャラクター。冒頭シーンで雨の中を同じようなアクションで駆けていった母と娘の相似。その後の藤沢=上白石萌音の一つ一つの身振りは、母と娘がとてもよく似ていること、同じ生活空間で長く過ごしたことを見事に表わしている。それはとても尊い。



『夜明けのすべて』Ⓒ瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会


 そしてここにはお節介という名のメッセージがある。たとえば栗田科学の社長(光石研)が炭酸水を好む山添に向かって「味のない炭酸水って美味しいの?」と語りかけるシーン。栗田社長は本当に炭酸水に興味があるわけではないだろう。きっと会社の中で孤立ぎみの山添を気にかけて話しかけているにすぎないのだ。まったく何でもないように見えるシーンだが、ここには“あなたのことを気にかけています”という小さなメッセージがある。


 藤沢と山添の関係性も同じだ。山添はPMSについての本を自発的に読み、藤沢の挙動をよく見ながら彼女をケアしようとする。山添=松村北斗のまなざしにはまるで打算がない。山添のまなざしは“あなたは一人じゃないんだよ”という共助のメッセージを送り続けているように見える。松村北斗の真っすぐで愛らしい澄んだ瞳に、この映画の命運が賭けられている。そこがあまりにも感動的だ。





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