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『夜明けのすべて』夜明けの呼吸の整え方

Ⓒ瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

『夜明けのすべて』夜明けの呼吸の整え方

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同じ星を見上げ、呼吸を整える



 “わたしたちは一人じゃない”。『夜明けのすべて』の栗田科学の事務所の風景に、青山真治監督の『サッド ヴァケイション』(07)の間宮運送と似た空気を感じずにはいられない。『サッド ヴァケイション』の間宮運送も様々な事情を抱えた人たちが集まる職場だった。同じように栗田科学の事務所の風景は、三宅監督の前作『ケイコ 目を澄ませて』(22)のボクシングジムの空気を想起させる。そして『ケイコ 目を澄ませて』のボクシングジムと同じく、音の演出が主役の二人を立体的に囲んでいる。


 山添が炭酸水ペットボトルのキャップを開ける「シュッ」という音が、藤沢のPMS発症の引き金となるシーン。またはパニック障害によって電車に乗ることができなってしまった山添が、駅のホームで乗車にチャレンジする際の、暴力的とさえ思える列車の轟音。卓球台に球が跳ねる音。古いテープに残された人の声。藤沢と山添による音読の声。すべてを包み込むようなHi’Specの手掛けたミニマルに繰り返される素晴らしい劇伴。そして本作で二人がもっとも耳の近くで聞く音は、藤沢が山添の髪をハサミで切るシーンだ。恋愛に収束されない距離感そのものを描いた本作において、だからこそ二人の“接近”シーンには、言葉を交わす以上の連帯が生まれている。



『夜明けのすべて』Ⓒ瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会


 また、それぞれの住む部屋に向かう際の移動と省略の関係が面白い。姉御肌の藤沢の決断の早さを表わすように、彼女の訪問シーンはあっという間に省略されている。それに対して山添が藤沢の部屋に向かう際は、自転車での移動が長めに撮られている。自転車で移動する間、山添はおそらくいろいろなことに思いを巡らせている。藤沢のこと、栗田科学が企画するプラネタリウムの展示会のこと、自分の人生の現在地のこと。そして山添が思いを巡らせた成果は、栗田科学の同僚たちへの具体的な行動として表現されていく。誰かと同じ空間で過ごすということは、相手の習慣や身振りを無意識の内に自分の内側に取り込んでいくものなのかもしれない。藤沢家の母と娘の関係のように。身振りが乗り移ること、動きのシンクロは三宅映画の真髄でもある。


 『夜明けのすべて』は機械的に送る誕生日のお祝いメールや、お節介とも思える身近な人の行動の中に、実は大切なものが隠れていることを教えてくれる。思いの大小はそれほど問題ではないのかもしれない。誰かが少しでも自分のことを気に留めてくれていることのありがたみを、この映画から改めて感じ、涙する。その積み重ねが反響し合って、人は離れ離れになり、どこかで同じ星を見上げ、次の朝を迎え、呼吸を整える。この新たな傑作は、ルーティンの生活、つまり私たちの人生を全面的に肯定してくれている。



文:宮代大嗣(maplecat-eve)

映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。



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『夜明けのすべて』

大ヒット上映中

配給:バンダイナムコフィルムワークス=アスミック・エース 

Ⓒ瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

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