光に包まれる
時間がかかったもうひとつの理由は、エイブラハム・リンカーンを演じたダニエル・デイ=ルイスにある。彼の起用はスピルバーグたっての希望だったが、そのオファーは丁寧に断わられていた。彼はスピルバーグに、こんな手紙を送っている。
「親愛なるスティーヴン。あなたと一緒に座って話すことができて、本当に嬉しかった。説得力のある歴史について、あなたが語ったことを注意深く聞き、その後脚本を読みましたが、記念碑的な出来事が詳細に描かれ、すべての主要人物を慈愛に満ちた描写で描いており、力強く感動的でした。(中略)だが、それは参加者としてではなく、物語を見たいと切望する観客としてだった。(中略)スティーヴン、これで分かってもらえただろうか?あなたが映画を作ることを嬉しく思う。そのために力を尽くして欲しいし、私のことを考慮してくれたことに心から感謝し、心から祝福を送りたい」(*2)
一時期は、『シンドラーのリスト』(93)でオスカー・シンドラー役を演じたリーアム・ニーソンがリンカーン役に決まったものの、結局彼も降板。第一候補のダニエル・デイ=ルイスが出演しないなら、このプロジェクト自体も立ち消えになる…そんな矢先、救世主として現れたのがレオナルド・ディカプリオだった。スピルバーグは語る。
「私の親友レオナルド・ディカプリオが、ある日彼に電話をかけて、“考え直したほうがいい”と言ってくれたんだ。“スティーヴンはどうしても君に出演してほしくて、君なしで映画を作る気はないんだ”と。レオからの電話を受けて、ダニエルは読んだことのないトニー・クシュナーの脚本と、読んだことのないドリス・カーンズ・グッドウィンの本を読みたいと申し出てくれた」(*3)
『リンカーン』(c)Photofest / Getty Images
熟考のすえ、ダニエル・デイ=ルイスはリンカーンを演じることを決意。役のリサーチのため、撮影開始まで1年待って欲しいと申し出た。かくして、『マイ・レフトフット』(89) 、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)でアカデミー賞主演男優賞に輝いた名優が、ついにスピルバーグ映画に参加。『リンカーン』の演技で、彼は3度目の主演男優賞を受賞することになる。
もちろん彼の演技が素晴らしいのは言わずもがなだが、筆者が感嘆したのは、静かに佇むリンカーンの姿を、スタティックな構図で捉える名撮影監督ヤヌス・カミンスキーのカメラ。憲法修正案第13条が可決されると、歓喜のベルが鳴り響き、カーテンから差し込む光にリンカーンが包まれる姿は、あまりにも美しい。
思い返せば『未知との遭遇』(77)においても、主人公のロイ・ニアリー(リチャード・ドレイファス)は眩い光のなか宇宙船へと歩みを進めていった。スピルバーグ映画において、歓喜の瞬間とは光に包まれることと同義なのである。
(*1)、(*3)https://deadline.com/2012/12/steven-spielberg-lincoln-making-of-interview-exclusive-383861/
(*2)https://www.imdb.com/title/tt0443272/trivia/?ref_=tt_trv_trv
文:竹島ルイ
映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。
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