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『リンカーン』歓喜のベル、祝福の光

(c)Photofest / Getty Images

『リンカーン』歓喜のベル、祝福の光

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現実主義者にして、葛藤する父親



 深慮遠謀な策士、リンカーン。この映画で描かれるのは、理想に燃える大統領ではなく、権謀術数を弄するリアリストの姿だ。むしろ理想主義者という言葉は、トミー・リー・ジョーンズ演じるスティーブンス共和党議員にこそふさわしい。共和党急進派指導者の一人である彼は、人種差別を激しく憎悪する平等主義者。南部への譲歩には徹底的に反対の立場を貫き、同じ志を抱くリンカーンにも「のろま」と悪態をつく。二人がサシで対面する場面では、こんなセリフをぶつけている。


 「戦争が終わったら、俺は黒人の完全な平等を目指す。投票権だけじゃない。議会命令で反逆者の土地や財産をすべて差し押さえる。彼らの富で何十万人もの黒人の生活を安定させ、武装した兵を動員して反逆者どもの文化をたたき潰す」


 だがリンカーンは、「意見の違う人民をまとめるには慎重に」と釘を指す。そこには、自由な世界を築かんとする理想家と、現実主義者の対立がある。古典的なハリウッド映画にならうならば、本来はスティーブンスを主人公に据えるべきだろう。だがスピルバーグは、現実的な課題に対処するためには妥協もいとわない男を主軸に、憲法修正案第13条の下院可決という、あまりにも地味すぎる主題を選択した。そこに筆者は、スティーヴン・スピルバーグの並々ならぬ覚悟と、映画作家としての成熟を感じてしまう。



『リンカーン』(c)Photofest / Getty Images


 またリンカーンは、反対を押し切って兵役に就こうとする長男ロバート(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)と、息子を戦争で失いたくない妻メアリー・トッド(サリー・フィールド)との間で揺れ動く、悩める父であり夫でもある。奴隷制廃止に奔走するメインプロットと並走させながら、スピルバーグは一人の男の葛藤をサブプロットとして描出する。


 筆者がふと思い出したのは、H・G・ウェルズの古典SF小説をスピルバーグが映画化した『宇宙戦争』(05)。この作品でも、2人の子供を連れてトライポッドの攻撃から逃げ回るレイ(トム・クルーズ)が、米軍と共に戦いたいと訴える息子ロビー(ジャスティン・チャットウィン)の想いを受け止めきれずにいた。


 スピルバーグはある時期から(おそらく、長らく疎遠だった実父アーノルドと和解を果たしてから)、父親の葛藤を直裁に語るようになった。それは、高度な政治的駆け引きを繰り広げる現実主義者リンカーンであっても、同様なのである。





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