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『ミレニアム・マンボ』音速の徒花、夜の破片を追いかける

©2001 3H Productions / Paradis Films / Orly Films/SinoMovie.com

『ミレニアム・マンボ』音速の徒花、夜の破片を追いかける

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スー・チーとの出会い



 『ミレニアム・マンボ』以降、ホウ・シャオシェンの映画は女性の主人公を描く方向に振り切っている。ホウ・シャオシェン自身も認めているように、スー・チーとの出会いは決定的だった。一人の俳優の存在が、『悲情城市』(89)をはじめ既に高名なキャリアを築いていた映画作家の方向性を変えてしまったのだ。初めてホウ・シャオシェンの事務所を訪れたときのスー・チーは、「かかってこい!」とでも言いたげな恐れを知らないワイルドな雰囲気を持っていたという。


 ほとんど脚本らしい脚本もなく、リハーサルもせず、あらかじめ決まったセリフさえ用意されないスタイルだった本作の撮影(その代わりに状況設定だけは入念にディテールを盛り込む)。セリフや動きはその都度俳優から生まれていくものだったという。ホウ・シャオシェンは本作を「彼女(スー・チー)との共同作業によって生まれたもの」と振り返っている。この特殊な撮影にスー・チーは完璧に応えてみせる。フレームに収まりきらないヴィッキー=スー・チーの輝きがスクリーンに乱反射している。そして二人の幸福なコラボレーションは、『黒衣の刺客』(15)に至るまで、短編作品『La Belle Epoque』(11)を含む4本の傑作を生むこととなる。



『ミレニアム・マンボ 4Kレストア版』©2001 3H Productions / Paradis Films / Orly Films/SinoMovie.com


 「侯孝賢の映画講義」によると、『ミレニアム・マンボ』のカンヌ国際映画祭での上映を終え、ホテルの部屋に戻ったスー・チーは、鏡の前でボロボロと涙をこぼしたという。このときスー・チーは初めて“自分”を発見したのかもしれない。カメラの前で演じるということを自覚したスー・チーは、本作をきっかけに演技や映画制作そのものへの哲学が変わったという。『ミレニアム・マンボ』にはホウ・シャオシェンとスタッフ、そしてスー・チーを始めとするキャストのライブ感、“生”がドキュメントされている。俳優と共にキャラクターを育てていく。ホウ・シャオシェン自身もスー・チーを通してキャラクターを発見していく。


 ロマンティックな邦題を持つ傑作『百年恋歌』(05)の第三部でスー・チーが演じたゴシックパンクな装いの女性は、ヴィッキーのその後の姿のように思える。彼女もまた自傷性を纏うヒロインだった。そして『黒衣の刺客』で暗殺者を演じたスー・チーは、背景の中、模様の中から姿を現しては消えていく。男性を殺すことも殺さないこともできる暗殺者。彼女の能力ならすべてに勝利することも可能だろう。存在自体が自由自在な『黒衣の刺客』のヒロインは、『ミレニアム・マンボ』から始まったホウ・シャオシェンとスー・チーによるフェミニズム映画の到達点といえる。





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