©2001 3H Productions / Paradis Films / Orly Films/SinoMovie.com
『ミレニアム・マンボ』音速の徒花、夜の破片を追いかける
青春の音速、失速する街
ホウ・シャオシェンの映画で長年脚本を担当している朱天文による著書「侯孝賢(ホウ・シャオシェン)と私の台湾ニューシネマ」によると、『ミレニアム・マンボ』の草稿には「青春の音速、失速する街」というタイトルが書かれていたという(この本にはとても美しいエッセイが多数収録されている)。ホウ・シャオシェンは本作に取り掛かる前の二年間、若者たちが集うクラブに通い詰めていたという。エレクトロミュージックの音速によって蒸発するヴィッキー=スー・チーの生。
『ミレニアム・マンボ』には北海道の夕張の風景が収められている。黒澤映画のスクリプター野上照代との対談によると、本作は当初の構想では「過去、現在、想像、幻想、未来」と5つのパートに分けられていたという。夕張のシーンはヴィッキーの「想像」のパートにあたるが、最終的にすべてが「現実」として描かれることになった。ヴィッキーは台北から逃れるように夕張に向かう。体ごと雪に飛び込み、はしゃぐ無邪気なヴィッキーの姿が尊い。ヴィッキーは雪に顔を埋め、型をとる。雪が降り注げば、やがて消えてしまうようなヴィッキーの型=刻印がせつない。
『ミレニアム・マンボ 4Kレストア版』©2001 3H Productions / Paradis Films / Orly Films/SinoMovie.com
またもう一つの日本のシーンでは、新宿・大久保のホテル甲隆閣が舞台になっている。ヴィッキーの部屋の窓の向こうには電車が走っている。シティホテル甲隆閣はホウ・シャオシェンの“日本の家”であり、来日に合わせて決まってとっておく部屋は「408号室」だという(ヴィッキーは「403号室」に宿泊する)。また『ミレニアム・マンボ』の削除カットには、ヴィッキーが夕張ではしゃぐ別のシーンや電車に乗る姿が含まれている。それらは次作となる『珈琲時光』(03)の布石になったといえる(『珈琲時光』の夕張ロケは残念ながらすべて削除されている)。それらは削ってしまうのがもったいないくらいの美しいショットの数々だ。
『ミレニアム・マンボ』はヴィッキーの漂流を介して、無形の感情、空間と時間の間に浮かんでは消えていくものを捉え続ける。夕張への逃避行さえ新しい人生へ向けた糧にはならない。降り注ぐ雪がすべてをかき消していく。ステップを踏んでトンネルを歩いていく伝説的なファーストシーンには、当初月を追いかけるようなイメージが念頭にあったという。追いかけても追いかけても逃げていく月の光。『ミレニアム・マンボ』は未来から届いた手紙のような映画だ。夜の破片を永遠に漂う映画。ミレニアムを祝うネオンと音速の徒花のようなヴィッキーの魂は、いまも世界のどこかで月を追いかけ続けている。
参考資料
・『ミレニアム・マンボ』DVD映像特典(ハピネット・ピクチャーズ)
・侯孝賢著/卓伯棠編/秋山珠子訳「侯孝賢の映画講義」(みすず書房)
・朱天文著/樋口裕子・小坂 史子 編・訳「侯孝賢と私の台湾ニューシネマ」(竹書房)
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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2024年2月16日(金)より新宿武蔵野館・下北沢K2 ほか全国順次ロードショー中
提供:JAIHO 配給:SPOTTED PRODUCTIONS
©2001 3H Productions / Paradis Films / Orly Films/SinoMovie.com