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『すべての夜を思いだす』めぐりあう時間たち、火を絶やさない女性たち

©2022 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

『すべての夜を思いだす』めぐりあう時間たち、火を絶やさない女性たち

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火を絶やすな



 立ち姿がとても美しい見上愛。彼女の演じる夏が自転車に乗り、薄手のアウターを羽織る瞬間。仕事中はいつも髪を留めている早苗が髪を下ろして登場する瞬間。『すべての夜を思い出す』には、記憶に残る思いがけない瞬間がいくつもある。本作にはホームビデオに記録された知らない誰かの思い出をデジタル映像に変換するシーンがあるが、三人の女性のそれぞれの仕草や佇まい自体がこの街の記憶の一部として記録されていくような感覚がある。この映画を思い出すとき、風のように颯爽と自転車で街を駆け抜けていく夏の姿をきっと思い出す。


 映像や写真など記録として残されるものがある一方、記録として残されなかった感情に本作は価値を与えようとしている。清原惟は残されたものと残されなかったものを等価にしようと試みている。すべてはいまもどこかで存在するのだと。


 夏の亡くなった友人は写真をよく撮っていたそうだが、本人が映った写真はほとんど残されてないという。夏は亡くなった友人と花火で遊んだ夜の記憶をたどっていく。召喚の儀式であるかのように思い出を再現する。花火の思い出を再現することにはどんな魔法があるのか?夏による儀式は、亡くなった友人の霊を召喚することよりも、止まってしまった時間と、ありえたかも知れない時間の間を線でつなごうとする儀式のように思える。繰り返される「火を絶やすな」という掛け声は、祈りの呪文のようだ。



『すべての夜を思いだす』©2022 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF


 火を絶やすな。徘徊老人が自分の家だと言い張る家には、もはや誰も住んでいないようだった。家という建築物だけが時間が止まったように取り残されている。この家にガスの契約はない。しかしある日、早苗はこの家のガスメーターが動いているのを発見する。取り残された家は生きている。


 火を絶やすな。知珠は絵葉書に記された、かつての友人の住居を訪ねる。この街の木々のざわめきが心地よければ、何かよいことが起こりそうな気がする。風の音は浮かれるような気分にさせてくれるときもあれば、喪失の影を招く不吉な音になることもある。本作の木々のざわめきの音は、その時々によって様相を変えていく。鈴の音にそれぞれの表情があるように、木々のざわめきにも表情がある。


 火を絶やすな。三人の女性たちは知り合うことがない。しかしそれぞれが偶然に向ける視線によって彼女たちはこの街で交わっていく。視線によるリレー。記憶によるリレー。私たちの人生は選択の繰り返しだが、別の選択をした自分もこの世界のどこかに生きているはずだ。本作は記憶の中の人生、ありえたかもしれない人生、捏造された記憶、忘れられた記憶、そのすべての夜に光を灯す。『すべての夜を思い出す』は、火を絶やさないために人から人へと灯りをリレーしていく素晴らしく貴重な映画だ。「火を絶やすな」という呪文を大切に胸の中にしまっておきたい。



文:宮代大嗣(maplecat-eve)

映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。



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作品情報を見る



『すべての夜を思いだす』

3月2日(土)よりユーロスペース他にて全国順次公開中

配給:一般社団法人PFF

©2022 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

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