スターダムの終焉
『私生活』はジル=ブリジット・バルドーという前代未聞のスターの栄光とその悲劇的な終わりを描いている。最後のスターの終焉。その終わりは舞台演出家であるファビオの野外劇場で展開される(ここが素晴らしい!)。ジルが稽古中のファビオを訪ねるシーンが楽しい。ジルの歩く後ろにパパラッツィとファンの大群が付いてくる。ジルはカーニバルのような異様な状況を楽しんでいるように見える。空撮のショットを挿むことでスペクタクルが生まれている。本作はハイカルチャーとしてのオペラ劇とスターダムを支える新たな大衆文化が交わるところへと向かっていく。
本作にはパパラッツィによる追跡に精神を病んだジルが部屋に閉じこもるシーンがあるが、実際の撮影中も同じ状況だったという。ルイ・マルたちのいる下の階では夜な夜なパーティーが続いていたが、パパラッツィに監視されていたブリジット・バルドーは参加できなかったという。どこに行っても望遠レンズが向けられている状態。睡眠薬の過剰摂取によってマリリン・モンローが亡くなってから数週間後に、本作はアメリカで公開された。アメリカの観客は本作に描かれた警鐘、その緊急性をより肌身で感じ取った可能性がある。
『私生活』©1962 GAUMONT - STUDIO 37 – CCM
ブリジット・バルドーは本作に描かれた“自分”は不完全だと述べている。新聞雑誌を賑わせた表面の出来事に留まっており、自分が感じている真の絶望や精神の不安定な状態はここにはないと。たとえ本人が演じても届かない感情があるというころに、映画の難しさはある。とはいえルイ・マルとの関係は続き、短編も含め3作の映画を撮っている。そしてルイ・マルはブリジット・バルドーのために、本作に忘れられないようなラストを用意している。即興的に撮ったところもあるという本作のラストシーンは、ルイ・マルのその後の映画作りの支えにもなったという。カメラという名の“銃”。ヴェルディの「レクイエム」。スターダムの終焉。ジル=ブリジット・バルドーに心の平穏が訪れる。悲劇ではあるが、その反抗的な魂は墓標のようにフィルムに留められる。『私生活』はブリジット・バルドーのキャリアを代表する一本だ。
*1「マル・オン・マル ルイ・マル、自作を語る」フィリップ・フレンチ編・平井ゆかり訳(キネマ旬報社)
*2「ブリジット・バルドー自伝 イニシャルはBB」ブリジット・バルドー著・渡辺隆司訳(早川書房)
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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©1962 GAUMONT - STUDIO 37 – CCM