残念な視覚効果
このように本作は、宇宙をテーマとしたハードSFとして非常に質が高い。そして地上の描写に関しては、美術、撮影、演技など、十分に高水準の仕事をしている。だが第42回アカデミー賞では、特殊視覚効果賞だけの受賞(*7)に留まった。
では『2001年宇宙の旅』の後に公開された本作は、はたして特殊視覚効果賞の受賞に相応しいのだろうか。筆者の『宇宙からの脱出』の初見は小学5年生だったが、当時本作の特撮のヒドさに、ずっと怒っていたのを鮮明に記憶している。では、何が悪かったのかを説明したい。
①ライティングの問題
軌道上では、光源は基本的に太陽だけであるため、コントラストは極端になる。ただし、アースライト(地球光)の反射で陰側が青くなる傾向がある。だが本作では、この常識がまるで無視されており、背景となる宇宙空間と、そこに合成される宇宙船や宇宙飛行士の光の方向がバラバラなのだ。
もっとも極端なのが、アイアンマンやボスホートが太陽を背にしているショットだ。本来なら、宇宙船は完全なシルエットになるはずだが、完成画面では横から照明されている。ずっとこんな感じであり、特撮スタッフと撮影監督間で、ストーリーボードなどを使用しての打ち合わせが行われていたのか、甚だ疑問を感じる。
②移動のガタつき
基本的に宇宙船は、画面上でゆっくり動いているのだが、それが滑らかではない。特に前後移動の表現で非常に気になる。おそらく単純な移動車かクレーンを用いたのだろうが、それが背景の星空や地球に合成された際、どうしても振動して感じられる。宇宙船は実物大セットの他、テレンス・サンダースが手掛けたミニチュアも用いられているが、直接これらを移動撮影しようとするから、動きがガタガタしてしまうのだ。
例えば『2001年~』の場合、模型を一度スチル写真に撮影し、これを大判の透明なポジフィルムにプリントして、アニメーションスタンド上で移動させ、透過光撮影するという方法(*8)が採用された。特に猿人のシーンに続く宇宙の描写は、ほとんどがスチル写真だ。
もちろん『2001年~』でも、ミニチュアを直接撮影している移動ショットはあるが、その場合は精密に加工された長いウォームギアを用いて、非常にゆっくり動かしている。そして、ライティングを変えて二度撮りすることで、きれいな合成マスクも得られる。
③ブルーバック合成の品質
小学生時代の筆者を怒らせた最大の理由がこれだった。まずトラベリングマットのヌケが悪く、ブルーのエッジが目立つ。そして、ヘルメットなどの透明物体も、うまくヌケていない。こういった透明素材のトラベリングマットをきれいに抽出する方法としては、当時ディズニーだけが用いていたナトリウム・プロセスがある。ディズニーはこの技術を独占していたわけではなく、ユニバーサルの『鳥』(63)にも提供している。他には、『ベン・ハー』(59)のために開発された、三色分解ブルーバック合成という技法もあったが、本作では簡単な方法でマスクを抜いている。
だが何より腹立たしいのは、中絵(被写体)と外絵(背景)の色彩や明度の調整が、あまりにも杜撰なことだ。宇宙空間が黒かったり、青味がかっていたり、一定のトーンになっていない。また中絵の輝度が背景よりも高過ぎて、黒の締まりがないショットが目立つ。この辺りは、(筆者がかつてオプチカル合成の技術者だったことも関係してくるのだが)「プロならばちゃんとしろよ」と言いたくなるのだ。
そして何より、「この映画にブルーバック合成という選択は合っていたのか」という点も疑問だ。この時代、ハリウッドのほとんどのスタジオには、大きなリア・プロジェクション(スクリーンプロセス)の設備が置かれていた。その独特の質感を嫌う監督もいたが、本作の場合は背景が宇宙空間なので問題はない。むしろ、ヘルメットのフェイスプレートに地球が映り込み、より自然な表現になったであろう。
他にもX-RVのスラスターが、普通にガスを燃やしているだけだったり、気になる箇所はたくさんある。だが1969年は、どちらかというと特撮映画不作の年だったのだ。本作と並んでノミネートされていたのは、火山ディザスター映画『ジャワの東』(68)(*9)だったが、この作品も相応しいとは言い難い。
そんな中でも筆者は、『決死圏SOS宇宙船』(69)(*10)か、『恐竜グワンジ』(69)(*11)あたりが受賞すべきだったと考える。他にもB級映画ながら、ウォーリー・ヴィヴァースやブライアン・ジョンソンといった『2001年~』の特撮スタッフが参加している『宇宙船02』(69)(*12)という映画もあった。これらは小規模のステージで撮られた低予算映画だったが、特撮マンたちにセンスがあり、今観ても感心させられてしまう。
(*7)受賞者はロビー・ロビンソンとなっているが、彼が特撮マンとしてクレジットされた映画はこれ1本だけで、本作の後は脚本家に転向し、テレビムービーを活動の場にしていく。ちなみに本作で特殊視覚効果としてクレジットされた人物には、ロビンソンの他にドナルド・グロウナーとローレンス・バトラーがいる。グロウナーは、マットペインティングのカメラマンとしてキャリアをスタートさせた人物で、代表作にはチャールズ・ブロンソン主演の『空飛ぶ戦闘艦』(61)がある。
バトラーは戦前から特撮界で活躍している人物で、米国ではブルーバック合成の発明者だとされている。これは、第13回アカデミー賞・特殊効果賞を受賞したイギリス映画『バグダッドの盗賊』(40)における業績から、ハリウッドでは有名な話だが、実は誤解だ。『バグダッドの盗賊』には米英のスタッフが関わり、英国のデナム・フィルム・スタジオで撮影がスタートした。しかし第二次世界大戦が始まってしまったため、米国人とユダヤ系英国人はハリウッドに拠点を移して制作を続けた。そして、英国に残ったスタッフの1人に、トム・ハワードがいる。このハワードが、自らオプチカル・プリンターを設計し、これを用いて実現させたのがブルーバック合成だった。
しかし映画には、特撮マンとしてバトラー1人しかクレジットされていない。彼は実際、フィジカル・エフェクトの担当だったが、この映画の合成技術が高く評価されたため、ブルーバック合成の発明者ということになってしまった。だが、その後は明暗が分かれて行く。ハワードは、『2001年宇宙の旅』の視覚効果スーパーバイザーの1人として選ばれており、猿人シーンなどにおける合成技術を担当する。
(*8)この方法は、米国のPR映画やCMなどでも広く用いられた。日本でもアニメーションスタッフルームや白組などが、CMによく採用していた。
(*9)制作されたのは1968年だったが、アメリカ公開は1969年5月14日だった。
(*10)『サンダーバード』のジェリー・アンダーソン率いる、英21世紀プロが制作した実写の劇映画。
(*11)レイ・ハリーハウゼンがストップモーション・アニメーションと合成を手掛けた異色西部劇。ちなみにこの映画では「ダイナメーション」という名称は用いていない。
(*12)英ハマーフィルム制作の宇宙SF。内容に似合わず、月面セット、衣装、ミニチュアなどの出来が良かったため、『謎の円盤UFO』(70~73)、『ムーンベース3』(73)、『スペース1999』(75~77)、『スーパーマンII/冒険篇』(80)、『スーパーマン4/最強の敵』(87)、『月に囚われた男』(09)などといった映画やテレビシリーズに流用された。
1980年より日本エフェクトセンターのオプチカル合成技師。1982年に日本初のCGプロダクションJCGLのディレクター。EXPO'90富士通パビリオンのIMAXドーム3D映像『ユニバース2~太陽の響~』のヘッドデザイナーなどを経て、フリーの映像クリエーター。NHKスペシャル『生命・40億年はるかな旅』(94)でエミー賞受賞。VFX、CG、3D映画、アートアニメ、展示映像などを専門とする映像ジャーナリストでもあり、映画雑誌、劇場パンフ、WEBなどに多数寄稿。東京藝大大学院アニメーション専攻、女子美術大学専攻科、日本電子専門学校などで非常勤講師。主要著書として、「3D世紀 -驚異! 立体映画の100年と映像新世紀-」ボーンデジタル、「裸眼3Dグラフィクス」朝倉書店、「コンピュータ・グラフィックスの歴史 3DCGというイマジネーション」フィルムアート社
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