2024.12.12
子供のような心、純粋無垢なスピリット
スティーヴン・スピルバーグを形容するにあたっては、“少年の心を抱いたまま大人になってしまった男”という表現がよく使われる。そしてこれは、ジョン・ウィリアムズにもそのまま当てはまるものだ。90歳を過ぎた老齢になっても、茶目っ気のある表情で世界を見つめ、新しい音楽に対する好奇心は衰えることがない。彼の天才の秘密は、子供のような心なのではないか。世界で最も有名な映画音楽のひとつ『ジョーズ』(75)が、「ミとファの二音だけを繰り返すだけ」という世界で最も演奏が簡単な作品であることに、アバンギャルドというよりも純粋無垢なスピリットを感じてしまう。
もともとスピルバーグは、ジョン・ウィリアムズが作曲した『イメージズ』(72)を『ジョーズ』の仮曲として使っていた。まるでクシシュトフ・ペンデレツキのような、不穏さに満ちたサウンド。しかしジョン・ウィリアムズ、かつて自分が作った曲が『ジョーズ』にはそぐわないことを一発で見抜く。理由は極めて簡単…この映画は「海の冒険物語」だからだ。
巨大ザメを追いかける三人の男たち。そこで流れるのは、勇壮で明るいサウンドだ。映画監督の黒沢清は、手塚眞との対談でこのような発言をしている。
「ロイ・シャイダーとリチャード・ドレイファスはあれだけ危機的な状況を経て来て、いよいよ鮫を全速力で追っている時に、速いなあって言って笑うところが、何とも言いようがないんだけど、いいですね。ここでちょっとはしゃいだ気分にしてくれるというのはすごく嬉しい」(*2)
黒沢清の語る「はしゃいだ気分」こそが、『ジョーズ』という作品の精神性、ひいてはジョン・ウィリアムズの精神性を言い表している。『スター・ウォーズ』や『スーパーマン』のような、ザッツ・エンターテインメント作品との相性は抜群。もちろん、『未知との遭遇』(77)の「レ・ミ・ド・ド・ソ」の五音で表現されるスピリチュアルな響きも、スピルバーグの妻ケイト・キャプショーが初めて聴いて涙したと言う『シンドラーのリスト』(93)の荘厳な音楽も、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(02)のラウンジ・ジャズもお手のものだ。
映画の序盤で、楽しそうにピアノを弾いているジョン・ウィリアムズの元に、スピルバーグが駆け寄る場面がある。「会えてうれしいよ」「ジョンの晴れ舞台にちょっとお邪魔するよ」。ローラン・ブーズローのインタビューによれば、これは想定にはない出来事だったという。
「ジョンが演奏していると、スティーヴンがインタビューに乱入してきたんだ!彼がそんなことをするとは知らなかったんだけど、その日の朝早く彼に会って、僕が何をしているのか聞いてきたんだ。それでジョンと一緒にいたら、スティーブンが突然入ってきたんだよ。(中略)彼がそうしてくれたことで、本当に特別なものになったね」(*3)
実際には一回り以上年齢が離れている二人だが、彼らのやりとりを見ていると、まるで映画好きの子供が楽しそうにじゃれあっているようだ。願わくは、この二人によるコラボレーションがこの先もたくさん作られんことを。
May the force be with you、John Williams!
(*1)(*3)https://www.lucasfilm.com/news/music-by-john-williams-laurent-bouzereau-interview/
(*2)「映画の手帖 特集 スピルバーグ(シアネスト5)」青土社
文:竹島ルイ
映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。
「ジョン・ウィリアムズ/伝説の映画音楽」
ディズニープラスにて独占配信中
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