圧倒的な映像美と、新人時代の名優たちが織りなす疾風怒濤のパワー
原作は2012年にノーベル賞文学賞を受賞した作家、モー・イェン(莫言)の長編小説「赤い高粱」(訳:井口晃/岩波現代文庫刊)。フォークナーやガルシア=マルケスの影響を受けたマジックリアリズムの手法で、中国の農村を幻想的なタッチで描出する彼の代表作のひとつだ。1955年生まれのモー・イェンは第五世代の監督たちと同世代に当たり、欧米でも人気が高い。チャン・イーモウは主演俳優と撮影監督を務めた『古井戸』の撮影中、発表されたばかりの原作(初出は1986年)を読んで感銘を受けたようで、映画化に当たってはモー・イェンも共同脚本に参加。全5章からなる小説のうち、最初の2章「赤い高粱(紅高粱)」「高粱の酒(高粱酒)」を改編。説話構造はシンプルな形に削ぎ落とし、色彩と情念を全面化/前景化させたパワータイプの大傑作へと結実させた。
物語の舞台は中国の東北地方、山東省の小さな村。時代は1920年代の末期から始まる。「この話は、うちの祖父と祖母の話だ。うちでは今でも語り草だが、何しろ昔のことだから当てにはならないーー」というナレーションが冒頭に流れ、まるで神話や民話でも語るような回想形式で綴られる。「祖母」に当たるのは18歳になる貧しい農家の娘・九児(コン・リー)。彼女は家の経済的困窮を救うために父親からの命令で、強制的に造り酒屋の年長男性のもとへ嫁ぐことになった。しかし嫁入りの途中、コーリャン畑で覆面姿の強盗に襲われる。その際に九児を助けたのが余占鰲(チアン・ウェン)だった。それから紆余曲折あった後、余占鰲と九児は夫婦として結ばれるが、やがてその村に日本軍が侵攻してくる――。
『紅いコーリャン』© 1988, Xi'an Film Studio, All rights reserved
1937年から始まる抗日戦争(日中戦争の中国側からの呼称)が絡む内容であり、日本軍が抗日活動家の生皮を剥がすように命じるなどショッキングなシーンも登場する。しかし『紅いコーリャン』は何よりもまず映像美で観る者を圧倒する。シネマスコープサイズのワイド画面いっぱいに映し出される太陽や血といった「紅」のシンボルカラーと、自然や大地のエネルギーを湛えてうねる緑のコーリャン畑。躍動感を力強く伝える構図に関しては黒澤明監督からの影響が大きく、実際本作は『羅生門』(50)とよく比較された。それに加えてテクニカラーの色彩がさらに官能性を際立たせ、まさしく疾風怒濤の91分という強烈な映画体験の提供が実現した。
映像の熱量の高さに負けず、若い生命力を漲らせて主演を務めたふたりも、いまや中国を代表する国民的な大スター俳優である。ヒロイン役のコン・リーは当時22歳でこれがデビュー作。当時はまだ北京の中央戯劇学院演劇学科に在籍する学生だった。相手役のチアン・ウェン(姜文/1963年生まれ)は当時24歳で、文革批判を主題とした重要作、シエ・チン(謝晋)監督の『芙蓉鎮』(87)で大役を務めたばかり。のちに監督業にも進出し、1994年の『太陽の少年』(第51回ヴェネチア国際映画祭最優秀男優賞)や2000年の『鬼が来た!』(第53回カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ)といった傑作を撮る。これらは初期のチャン・イーモウ――というより、すばり『紅いコーリャン』の影響を随所に感じさせるものでもあった。実際、『太陽の少年』も『鬼が来た!』も、撮影は『紅いコーリャン』と同じクー・チャンウェイ(顧長衛)が務めている。