2025.02.03
アンチ・シンデレラストーリー、アンチ・サクセスストーリー
演出を務めたビル・ポーラッドは、ブライアン・ウィルソンの半生を映画化した『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(14)などの監督作はあるものの、その大部分のキャリアを映画プロデューサーとして過ごしてきた(『イントゥ・ザ・ワイルド』(07)、『ツリー・オブ・ライフ』(11) 、『それでも夜は明ける』(13)といった作品は彼が製作を務めている)。本作は、彼にとって8年ぶりの監督作。前作『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』に続いて、“人生がままならないミュージシャンの映画”を撮ることとなった。
最初この企画を持ちかけられたとき、彼は決して乗り気ではなかったという。南アフリカ共和国経由で30年ぶりに脚光を浴びるようになった歌手シクスト・ロドリゲスのドキュメンタリー映画『シュガーマン 奇跡に愛された男』(12)と、構造がよく似ていたからだ。しかしドニー&ジョー・エマーソンに関する記事を読み、音楽を聴き、実際に彼らに会いに行くことで、「単なるセカンド・チャンスの物語ではない」と確信を深め、自らメガホンをとることを決意する。
「この作品が、 『シュガーマン 奇跡に愛された男』やハリウッドのボロ儲けストーリーと大きく異なる点は 、ドニーが長い間発見されないままだったことで、Light in the Attic Recordsが彼を発見する頃には、あまりに多くの後悔と喪失感を背負っていて、気持ちのいいシンデレラストーリーにはなっていないことだ」(*2)
とビル・ポーラッドが語る通り、『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』は爽快な物語ではない。我々がスクリーンで目撃するのは、ドニーの深い苦悩と葛藤。大きな期待をかけられながら、音楽的成功を収められなかった彼は、いつしか両親・兄と距離をとり、実家に帰るのも苦痛になっていた。あまりにも辛い記憶が蘇ってしまうからだ。
『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』© 2022 Fruitland, LLC. All rights reserved.
ところが不思議な運命の悪戯で、30年以上も前に作ったレコードが世界中で絶賛を浴び、一躍時の人に。ラジオ番組の出演や新聞社のインタビューが殺到するようになる。それでも、不意に訪れた幸運を噛み締める余裕はない。今でも心の奥底に、悔恨が澱のように溜まっているからだ。だからこそ彼は、こんなセリフを口にする。
「16歳で作った時は誰にも見向きされなかった。それが30年後、新聞社の取材を受ける。アルバムを作ったときは幸せだった。ただ世間を知らなすぎた。ここで音楽だけ。全てを注ぎ込んだ。あのアルバムに。なのに無視された。誰からも。だから今突然こんなことになって、正直戸惑っているんだ」
アンチ・シンデレラストーリー。アンチ・サクセスストーリー。この作品は、過去の自分と対峙する物語だ。だからこそ、今の自分とかつての自分を並行して描く手法が採られているのである。