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『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』ディランの若き日を正攻法でとらえた力作 ※注!ネタバレ含みます
2025.02.28
※本記事は物語の結末に触れているため、映画未見の方はご注意ください。
ロックファンには言わずと知れた存在だが、2016年にシンガーとして初めてノーベル文学賞を受賞したことで、さらに広く知られるアーティストとなったボブ・ディラン。60年以上のキャリアを誇り、今なお歴史を更新し続けている彼を題材にした伝記映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』(24)がいよいよ劇場公開される。米アカデミー賞で作品賞など8部門にノミネートされ、受賞に期待がかかる注目作だ。
本作がフォーカスするのは、1960年代前半の若き日のディラン。ウディ・ガスリーに憧れてフォークシンガーを目指し、アコースティックギターを抱えてニューヨークにやってきたディランは、その才能を見出されて頭角を現わし、レコードデビューを経てアメリカのカリスマとなっていく。しかし、ポピュラーミュージックの世界ではつねに安定したヒットが求められる。フォークミュージックを愛するファンも同様だ。違和感を抱いた彼は変化を求め、アコースティックギターではなくエレクトリックギターを持ち、時代の荒波に立ち向かっていく。
これまでディランに関する映画はドキュメンタリーを中心にして数多く作られてきたが、多くはやはりこの時期にスポットを当てたものだ。公民権運動やJFK暗殺、ベトナム戦争に揺れた時代。先の見通せない不穏な空気の中で、世代の声を代弁したディランの存在が、まぶしいものであったのは紛れもない事実。しかし、ディラン自身は若いながらも社会を、そして自身を取り巻く狂騒をクールに見つめていた。そんな姿をとらえた、本作の伝記ドラマとしての魅力について語っていきたい。
『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
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ディランの“青春”を迫真の演技で体現した人気俳優
ディランの半生を題材にした伝記的な映画には『アイム・ノット・ゼア』(07)があるが、あちらが複数のディランを登場させる実験的でトリッキーな作品であったのに対して、本作はストレートに若きディランの歩みをたどる。監督のジェームズ・マンゴールドは代表作であるジョニー・キャッシュの伝記ドラマ『ウォーク・ザ・ライン/君へと続く道』(05)と同様、主人公のある時期をすくい取り、濃密なドラマに昇華させている。なお、キャッシュはディランの数少ない理解者として本作でも大きな役割を果たす。
時の人気フォークシンガー、ピート・シーガーに見いだされて成功の道を歩み、同じくフォーク歌手として熱烈な支持を得ていたジョーン・バエズと親密な仲となりつつ共闘し、時代の寵児となっていくディラン。一方で、失われていくものもある。たとえば、若い女性活動家シルヴィ・ルッソとの恋。いずれもディランのファンにはおなじみのエピソードだが、青春時代特有の興奮と悲哀が高濃度で入り混じっている点がドラマ的に面白い。
ディランを演じたティモシー・シャラメはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされているが、それも納得の好演。外見を当時のディランに寄せるのは当然として、5年にわたりギターとハーモニカの練習を続け、ディランの発声を研究して歌声をも寄せてくる。カーネギーホールでのコンサートのシーンでは、スタッフは当初あらかじめ録音された音をかぶせる予定だったが、シャラメの強い主張により、ディランになりきった彼のライブがスクリーンに刻まれている。