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強固な主体性を持って“いま・ここ”から飛び立つ
チャン・ゴンジェ監督による『ケナは韓国が嫌いで』(24)は、主人公のケナ(コ・アソン)が生まれ育った韓国から飛び出し、異郷の地で自身の人生を模索するさまを描いた作品だ。タイトルとビジュアルから想像できるとおりのものであり、観る者のイメージを大きく裏切ることはないだろう。それくらい、リアリスティックな映画なのである。
漠然とした不安や不満を抱き、“いま・ここ”から離れたいと考えた経験は、誰しも一度くらいあるのではないだろうか。28歳の会社員であるケナが故郷を離れる動機も、まさにこれだ。
ソウルの郊外で両親と妹と4人で暮らす彼女は、決して裕福な環境で育ったとはいえないものの、大学を出て無事に就職することもできた。しかし、職場までは片道2時間もかかるし、とうの自分が関わっている仕事にも彼女は関心を持つことができないでいた。裕福な家庭で育った恋人のジミョン(キム・ウギョム)は優しい男だが、優しいだけの男だともいえる。そんな彼との結婚を急かす母。何もかもうんざりだ。
『ケナは韓国が嫌いで』© 2024 NK CONTENTS AND MOCUSHURA INC. ALL RIGHTS RESERVED.
たしかに、ジミョンと結婚すればケナの人生は少しは好転するかもしれない。そんなふうにも思えるのだが、彼女はこの現状の先にあるであろう未来に幸せを見出すことができない。そうしてやがてケナは韓国から飛び立ち、ニュージーランドに行くことを決意するのである。
この映画は、自らの強い意志によって海外で生活することを選択したケナの“現在”と、不安や不満を抱えたまま日々を過ごす彼女の“過去”とを往還しながら物語が進行していく。ケナが欲しているのは、幸せになれるかもしれない未来などではなく、幸福を肌で感じられるいまこの瞬間だ。おそらく多くの観客にとって、彼女の選択はかなり大胆なものだと映るだろう。いま持っているすべてを手放し、まるっきり環境を変えるというのは相当な勇気が要るものだ。
それでも、自分の生まれ育った韓国が嫌いなケナは、“いま・ここ”から飛び立っていく。そんな彼女の心模様を表象するかのように、冬場の韓国の景色はどこか寒々しい一方、ニュージーランドは晴れ晴れとしている。これはひとりの女性が主体性を獲得していく物語ではない。強固な主体性を持つひとりの女性が既存の社会のシステムや慣習、人間関係といったしがらみから解き放たれていく姿を、見つめる作品なのである。それも、極めてリアリスティックに。