きっかけはとあるニュース
そのハリスが、新教皇選出までの72時間を密室ドラマとして描き切ったのが、2016年発刊の『CONCLAVE』だ。ハリスはこの原案を2013年の教皇選挙のニュースを見て思いついたと言う。小説執筆のためにハリスが取材を試みたのは、ヨハネ・パウロ2世によって2001年に枢機卿に任命され、2017年に他界したコーマック・マーフィ=オコナー枢機卿だった。生前、ハリスから小説のコピーを手渡されたオコナーは、その正確さを賞賛する手紙をハリスに返送している。
実物の枢機卿が驚嘆するほど正確な教皇選挙の中身とは? そして、映画化に際して脚本を担当したピーター・ストローハンが施した秀逸な脚色(本年度アカデミー脚色賞受賞)とはどのようなものだったのか。
『教皇選挙』© 2024 Conclave Distribution, LLC.
暴露される候補者たちのスキャンダル
教皇院長のトマス・ローレンス (レイフ・ファインズ)の指揮の下、各国から招集された枢機卿の中から、次期法王として有力と思われる候補者が4人に絞られる。進歩派のベリーニ (スタンリー・トゥッチ)、保守派のアデイエミ(ルシアン・ムサマティ)、穏健派のトランブレ(ジョン・リスゴー)、そして、伝統を重んじるテデスコ(セルジオ・カステリット)だ。普通の選挙では、複数候補がいて決められた投票数に達する候補がいない場合は、決選投票を行なって当選者が決まる。だが、コンクラーベの場合は1回の投票で2/3以上の票を獲得する者が現れなかった場合、2日目以降も重苦しい投票が続いていく。
その間、次々と暴露されるのが候補者たちにまつわる想定外のスキャンダルだ。それらは、候補者同士の足の引っ張り合い、妬み、嫉み、果ては、教職者としてあってはならない耳を疑うような事実である。不純だらけの教皇選挙の内幕は、終盤、閉ざされた空間がテロの対象になった時、世界情勢と無関係ではいられないことを痛感させる。そのあたりは、ハリスの小説にはないところであり、映画としての見せ場をわきまえた監督、エドワード・ベルガーの手腕だろう。