2025.03.25
ミュージカルの喜びを味わえる双方向の演出
一方でマイケル・グレイシーが『グレイテスト・ショーマン』での経験を存分に生かしたのがミュージカルシーンである。『BETTER MAN/ベター・マン』は一応ミュージカル映画ではあるが、じつは純粋なミュージカルシーンは多くない。ロビー・ウィリアムスのテイク・ザット時代、脱退後のソロ時代の楽曲が使われ、ステージでのライブ・パフォーマンスもあることから、“歌って踊る”シーンは全編に散りばめられている。テイク・ザットの大ヒット曲「リライト・マイ・ファイア」のパフォーマンスでは、ロビーがとんでもない姿態を見せるものの、異様なテンションで興奮させたりもする。ステージ上のカメラワーク、観客とテイク・ザットの切り返しなど、映画としての盛り上げ方を心得た演出が発揮された。しかしこれはミュージカルシーンとは異なる、リアルな描写だ。
ミュージカルシーンということでは、テイク・ザットのデビューが決まった喜びを爆発させる「Rock DJ」が、ミュージカル映画の歴史に刻まれると断言したい。場所はロンドンのリージェント・ストリート。ピカデリー・サーカスから延びた道で、日本でいえば東京・銀座のような有名観光スポットだ。ビルから出てきてテイク・ザットの5人が、そのリージェント・ストリートを縦横無尽に踊りながら駆け抜ける4分弱のシークエンスを、ワンカットで撮ったかのように展開していく。ストリート横のショップに入ったり、2階建てのバスに乗ったりするテイク・ザットを、カメラは時に並行し、時に頭上へ上がるなど自在に追いかける。途中で衣装が瞬時に変わったりするので実際にはワンカットではないのだが、この途切れない流れにミュージカル映画の醍醐味があると言っていい。
『BETTER MAN/ベター・マン』©2024 PARAMOUNT PICTURES. All rights reserved.
ミュージカル映画は往々にして、カットの切り替え、演者のアップなど、さまざまな編集が駆使されるが、このジャンルに求められるのがライブ感でもある。舞台のミュージカルが魅了するのは、ステージ上で俳優が歌って踊るパフォーマンスを途切れなく、ひとつの視点で楽しめるからで、これを映画に当てはめた時、余計な編集をほどこさずに伝えたくなるのも作り手の本能。実際に往年の名作にはワンカットを意識した名シーンも多く(セットでの撮影では、そこまで多くのアングルを撮れない事情もあった)、『雨に唄えば』(52)の「グッド・モーニング」や「メイク・エム・ラーフ」のように、カメラ位置を変えずに何度かカットが切り替わるだけで、ワンカットのように感じさせるシーンが語り継がれた。このスタイルによって、俳優があたかも目の前で歌い踊っているように感じられる。近年では、『ラ・ラ・ランド』(16)のオープニングなどが挙げられる。LAのハイウェイで、大渋滞で動けなくなったドライバーたちが踊るシーン。4分弱もの群舞が実際のロケでワンカットで撮影され、そこから始まる主人公2人のラブストーリーへの期待が昂ぶる。ミュージカル映画=ワンカットの最も効果的な名シーンだ。
『BETTER MAN/ベター・マン』での「Rock DJ」のシーンも、実際にリージェント・ストリートで撮影が敢行された。撮影許可がとれるまで1年半。しかも撮影予定の2日前にエリザベス2世が亡くなり、5ヶ月後に延期されるなど苦難が続いたが、セットではなく現地で撮ったことで、明らかにロンドンの空気感が伝わってくる。このシーンでは『シェルブールの雨傘』(64)など過去のミュージカル名作へのオマージュも発見できる。
そしてワンカットとは逆のアプローチで、ミュージカル映画の魅力を伝えるのが、ロビー・ウィリアムスのソロのヒット曲「シーズ・ザ・ワン」のシーンだ。テイク・ザットを脱退し、途方に暮れていたロビーが、船上のパーティーで人気ポップグループ、オール・セインツのニコール・アップルトンと出会って意気投合。星がきらめく夜空をバックに、恋に落ちた2人が船上でダイナミックなステップを踏む、ミュージカル映画らしいロマンティックなこのシーンは、「Rock DJ」と同じく流れるようなカメラワークの一方で、カットも多用され、さらにロビーとにコールのその後の運命がフラッシュバックならぬ“フラッシュフォワード”として挿入される。出会った瞬間の爆発する喜びと、ビターで現実的な未来が交錯するという映画ならではの演出が、ミュージカルとして別次元の“ときめき”を喚起させるのだ。
このように「Rock DJ」と「シーズ・ザ・ワン」の2曲だけでも、ミュージカル映画としての上級の演出に、このジャンルでのマイケル・グレイシーの才能を実感できるはず。ロビー・ウィリアムスの人生を導いた「光」は、ミュージカル映画の未来も明るく照らしているようで、何とも幸せな気分に浸れる傑作である。
文:斉藤博昭
1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。クリティックス・チョイス・アワードに投票する同協会(CCA)会員。
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『BETTER MAN/ベター・マン』
3月28日(金)全国ロードショー
配給:東和ピクチャーズ
©2024 PARAMOUNT PICTURES. All rights reserved.