悪魔を愛する者
『ノスフェラトゥ』はゴシック・ホラーではなく、ゴシック・ロマンスホラーだ(ココ重要)。引き裂かれてしまったトーマス(ニコラス・ホルト)とエレン(リリー=ローズ・デップ)の、愛の物語。そして、人間ならざる者との情愛も描かれている。
ロバート・エガースは、「私にとって、最も説得力のあるテーマや類型として最終的に重要と感じたのは、“悪魔を愛する者”というものだった」(*4)と語っている。オリジナル版のグレタ・シュレーダー、ヘルツォーク版のイザベル・アジャーニよりも、今作のリリー=ローズ・デップは圧倒的に出番が多い(白目を剥いたり、背中を曲げたり、痙攣したり、大熱演である)。それは、“悪魔を愛する者”というテーマを深掘りするためだろう。抑うつ的で夢遊病者の彼女は、19世紀の人々から除け者にされている。エレンは、誰からも共感を得られないアウトサイダーなのだ。
彼女の心の闇は、悪魔を呼び寄せ、オルロック伯爵(ビル・スカルスガルド)と結びついてしまう。やがて街に災厄をもたらす伯爵に、エレンは自らの肉体を捧げて対抗するが、憎むべき悪魔に対して秘めやかな感情も抱いている。夫のトーマスを深く愛する一方で、オルロックに劣情を感じてしまっている。オペラのような悲劇性をもって倒錯的な愛が描かれているのだ。
『ノスフェラトゥ』© 2024 Focus Features LLC. All rights reserved.
ロバート・エガースは、制作にあたって参考にした映画を8本挙げている。よくよく見てみると、社会的規範から外れた愛の背徳性、汚れない魂を持つ者と異形の者との愛を描いた作品が多い。
①『悪魔スヴェンガリ』(31)アメリカ映画/アーチー・L・メイヨ
②『美女と野獣』(46)フランス映画/ジャン・コクトー
③『大いなる遺産』(46)イギリス映画/デヴィッド・リーン
④『スペードの女王』(49)イギリス映画/ソロルド・ディキンソン
⑤『アンドリエーシ』(54)ソビエト映画/セルゲイ・パラジャーノフ、ヤーコフ・バゼリャン
⑥『回転』(56)イギリス・アメリカ映画/ジャック・クレイトン
⑦『The Eve of Ivan Kupalo』(68)ソビエト映画/ユーリー・イリエンコ
⑧『Leptirica』(73)ユーゴスラビア映画/ジョルジェ・カディイェヴィッチ
出典:(*5)
音楽教授が魔力で若い娘を支配する『悪魔スヴェンガリ』。可憐な娘が野獣と心を通わせる『美女と野獣』。ある若者が悪魔に魂を売った伯爵夫人に近づく『スペードの女王』。ロバート・エガースは映画黄金期の傑作を手がかりに、“悪魔を愛する者”というテーマを全傾化させて、ゴシック・ロマンスホラーの金字塔を100年ぶりに蘇らせた。
現代ホラーの文脈とは遠く離れ、ムルナウやドライヤーやジャン・コクトーといった映画の神々を召喚させることで、『ノスフェラトゥ』は唯一無二の価値を示している。これからもロバート・エガースは、いささか奇妙で、いささか時代錯誤で、いささか古めかしくて、最高にスペキュタクラーな作品を作り続けることだろう。自分が生まれた80年代のホラーには興味を示さず、ハマーフィルムのクラシック・ホラーばかり追いかけていた少年時代と同じように。
彼は、現代映画界の特異点だ。
(*2)https://www.vulture.com/article/robert-eggers-interview-nosferatu-ending.html
(*4)https://www.rogerebert.com/interviews/robert-eggers-nosferatu-interview
(*5)https://nofilmschool.com/films-inspired-robert-eggers-nosferatu
文:竹島ルイ
映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。
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配給:パルコ ユニバーサル映画
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