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『国宝』800ページの原作と175分の映画。その比較も愉しい本年度最大の話題作

©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会

『国宝』800ページの原作と175分の映画。その比較も愉しい本年度最大の話題作

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吉沢亮ありきだった配役



 主人公の喜久雄を演じるのは吉沢亮しかいない。李監督のその思いに揺るぎはなかった。監督に「吉沢亮ありき」とまで言わしめた吉沢は、ある意味期待外れであり、ある意味期待通りだった。撮影前、懸命に女形の基本を学ぼうとする吉沢は、当然本物の女形には遠く及ばなかったが、俳優の吉沢亮が目指す彼なりの女形こそが、監督が求める喜久雄のイメージにピッタリだったからだ。


 喜久雄と表裏一体の関係にあり、才能か? 血統か? という重要なテーマの一つを担うのが、俊介を演じる横浜流星だ。『流浪の月』(22)で組んだ横浜のひたむきさに賭けようと考えた監督の狙いは的中。部屋子の喜久雄に地位を奪われ、大きく人生を踏み外していく中で、共に究極の美を追求していこうとする姿勢に変わりはない俊介の存在が、月の輝きにも似て、この物語に深みを与えているからだ。



登場する役者たちにはモデルがいる?



 登場人物は実在の歌舞伎役者がモデルではないかと言われている。主人公の花井喜久雄は現役最高峰の女形、坂東玉三郎を連想させる。14歳という異例の若さで十四代目守田勘弥の芸養子となり、五代目坂東玉三郎を襲名、2012年には人間国宝として認定された歌舞伎界のトップスターだ。現在、歌舞伎界では八代目尾上菊五郎(前菊之助)の襲名披露が話題だが、2025年5月に行われた”團菊祭”の口上では、頭に女形独特の紫帽子を乗せた玉三郎が八代目への思いを語る姿が印象的だった。


 また、小野川万菊にもモデルがいると言われる。六代目中村歌右衛門である。演じるのは舞踏家でもある田中泯。初めて喜久雄に会った時、その美しさを鋭く吟味するような眼差しは容赦がなく、かつ、妖艶で、どこか恐怖すら感じさせる名演だ。



『国宝』©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会



喜久雄と俊介が見つめるその先には



 喜久雄と俊介が命懸けで目指した女形の到達点とは何なのか? 男でも女でもない、究極の美とは? たとえば歌舞伎座では、人気演目を演じ切った役者たちが、大詰めで3階席のさらに奥の方、大向こうを眩しそうに見つめながら、拍子木に合わせて見栄を切る姿を目にする。彼らはそこに、歌舞伎の神様、美の神様を見ているのではないか。性別や年齢に関係なく、芸に精進する者だけを受け入れてくれる恐れ多くも神々しい存在を…。


 それが『国宝』を読み終え、観終えて、最後に筆者が得た感想である。同時に本作は、日本映画界の未来を担う人気役者の吉沢亮と横浜流星が、役者生命を賭けて日本の伝統芸能に挑んだ、本年度最高の話題作。原作と映画を比べてあれこれと思いを巡らせるというエンタメファンの愉しさが詰まった希少な作品だ。


参考文献

https://publications.asahi.com/product/23098.html

https://publications.asahi.com/product/23099.html



文:清藤秀人(きよとう ひでと)

アパレル業界から映画ライターに転身。現在、映画com、MOVIE WALKER PRESS、Safariオンラインにレビューやコラムを執筆。また、Yahoo!ニュース個人にブログをアップ。劇場用パンフレットにもレビューを執筆。著書に『オードリーに学ぶおしゃれ練習帳』(近代映画社刊)、監修として『オードリー・ヘプバーンという生き方』『オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120』(共に宝島社刊)。



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『国宝』

大ヒット上映中

配給:東宝

©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会

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