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『ラ・コシーナ/厨房』まるで戦場。大型レストランのカオスなバックヤードは、現代社会の写鏡か

© COPYRIGHT ZONA CERO CINE 2023

『ラ・コシーナ/厨房』まるで戦場。大型レストランのカオスなバックヤードは、現代社会の写鏡か

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緑色の不可思議な光に導かれて



 この境界線や壁に関連して強烈に思い出されるワンシーンがある。それは従業員たちが職場の裏手で、横並びになってタバコを吸いながら、「自分の思い描く夢」について語る休憩場面。その中で一人の登場人物が「緑色の光」にまつわる不可思議なエピソードを披露する。


 それは「かつて船で渡米した男が、外見や出身地や身体的特徴によって無慈悲に類別されて一つの場所に押し込まれ、その後、空から挿しこむ緑色の超常的な光にさらされることで決定的な出来事に見舞われた…」という趣旨のもの。


 一体その話のどこが「夢」なのか。聴いている同僚たちは皆、ワケがわからない。おそらく話している本人もわかっていない。しかし語り口の巧みさゆえか、このエピソードには妙に人を惹きつける予言めいた神秘的な魅力が香る。


 そして何より重要なのは、本作のラストで紛れもない「緑色の光」がこの映画にほとばしることだ。これが何を意味するのかは推測の域を出ないが、順当に考えるなら、やはり休憩時間のエピソード内の「男」と、終盤に我慢の限界に達して大暴れするペドロの心情と状況とが、決定的なまでに重なったと見て良いだろう。



『ラ・コシーナ/厨房』© COPYRIGHT ZONA CERO CINE 2023


 私はペドロの身に超常的な力が宿ったとか、幻想的なことが起こったと主張したいわけではない。おそらくは、日々の労働や諸問題ですっかり心やアイデンティティを損なっていた彼が、自分の限界を越えることで、ここにきて初めて自分がどうあるべきか、何が望みなのか、この怒りの矛先をどこに向ければ良いのかという感情をほとばしらせた。そうやって相手(経営者)を伏し目がちに見るのではなく、対等に真正面から見据えた瞬間だった。


 人は夢や心をなくした状態では生きていけない。そして移民だからといって従順に飼い慣らすことなどできない。たとえ「ザ・グリル」内における小さな出来事であったとしても、これは人が尊厳を取り戻そうとする、ある種の革命の始まりである。


 と、ここまで本稿を綴っている最中、テレビやネットでは、トランプ政権の移民政策に反対する大規模な抗議デモが全米各地へ広がっている様子を伝えている。人間性やアイデンティティが踏みにじられたと感じ、我慢の限界に達した多くの人々の体内では、もしかするとあの緑色の光にも似た感情のランプが点灯し刻々と広がっているのかもしれない。


参考資料:

『ラ・コシーナ/厨房』プレス資料

ウェスカー全作品2」アーノルド・ウェスカー著、晶文社

https://www.latimes.com/entertainment-arts/movies/story/2024-10-31/la-cocina-rooney-mara-alonso-ruizpalacios-raul-briones-interview



文:牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。




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作品情報を見る



『ラ・コシーナ/厨房』

ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開中

配給:SUNDAE

© COPYRIGHT ZONA CERO CINE 2023

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