
© 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED. IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema® is a registered trademark of Dolby Laboratories
『罪人たち』ブルースが悪魔を召喚して時空の扉を開く、マッシュアップ・ブラックムービー ※注!ネタバレ含みます
次々と反転する二項対立
ライアン・クーグラーが『罪人たち』を作るきっかけとなったのは、大好きだった叔父の死。『クリード』の撮影中に訃報に接し、彼を偲ぶようにブルースに耳を傾け、次第に、ゆっくりと、映画のアイデアが形づくられていく。このプロジェクトは、ライアン・クーグラーにとって必要不可欠なプロセスだったのだろう。『ブラックパンサー3』の製作を一時中断してまで、彼は本作にとりかかる。
「僕はもうすぐ40歳になる。(中略)だが、観客が僕のことを本当に知っているわけではないという事実に直面しなければならなかった。そして、自分が50歳になってもその状況にいるのではないかと怖くなった。その時には何も伝えることがなくなっているかもしれない。だから、この映画は今作らなければならなかった。この映画を一緒に作りたい人たちと、今すぐ実現しなければならなかったんだ」(*1)
ライアン・クーグラーは、この映画のテーマがdichotomy(二項対立)だとはっきり明言している。彼はプロテスタントの一派バプテストとして育てられた一方で、カトリック系の学校に通っていた。二つの異なるキリスト教に囲まれ、自然とアイデンティティについて考えるようになっていく。
「僕がずっと抱えてきた問題なんだ。完全に馴染めない、あるいは物事がうまく噛み合わないという感覚。(中略)子供の頃は、常に二つの違う世界に生きているような気がしていた。そこに二項対立があるんだ」(*2)
『罪人たち』© 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED. IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema® is a registered trademark of Dolby Laboratories
善と悪。白と黒。真と偽。天使と悪魔。この思想は、世界を分かりやすく捉える手法として、古代ギリシアの時代から用いられてきた。そしてSNS全盛の現代においても、敵味方をふるいにかける最適なツールとして乱用され、エンゲージメントを獲得するパワーゲームを加速させていく。
もちろん、物事はそう単純ではない。そもそもこの世界は、複雑に入り乱れた無数の系によって編まれている訳だから、二項対立的思考ではその中間にあるグラデーションがきれいさっぱり消え去ってしまう。『罪人たち』が試みているのは、単純な二項対立を次々に反転させていくことで、現代の病に罹った我々に気付きを与えることだ。
映画で描かれている1932年は、人種隔離政策のジム・クロウ法によって、黒人が公然と差別されていた時代(この法律は1964年まで存置された)。レストランや病院や学校は、白人用と黒人用で分離されていた。ここには、差別者としての白人と、被差別者としての黒人という構造がある。
ところが『罪人たち』には、スモーク&スタック兄弟が、ダンスホールに訪れたアイルランド系白人の客を追い返すという場面がインサートされている。白人を受け入れることで混乱を招く可能性があったとはいえ、被差別者の彼らがこのような行動をとったのは何故か。それは二項対立を解体し、誰しもが差別意識を持ち得てしまう危うさを訴えようとする、ライアン・クーグラーからの警告ではないだろうか。