監督がこだわる迷子の妻たち
当初この映画の監督に予定されていたのは、その後オスカー監督となるジョナサン・デミだった。主演はデボラ・ウィンガー。しかし、ふたりは意見が合わずデミが降板。その後やってきたのが、ペニー・マーシャル。しかし、夫婦の脚本家コンビ、ジェリー・レイクトリング、アーレン・サーナーと意見が合わずにマーシャルとウィンガーが揃って降板。そこでコッポラに声がかかる。彼が主役に選んだのは『ロマンシング・ストーン』(84)に主演していたキャスリーン・ターナー。こうしてやっと映画がスタートすることになった。
コッポラは『ゴッドファーザー』シリーズ、『地獄の黙示録』などを見れば分かるように、一般的には男性を描く監督というイメージが強い。ただ、例外的な作品のひとつに『雨のなかの女』(69)がある。結婚1年目で、妊娠した妻(シャーリー・ナイト)が、結婚生活に迷いを感じて旅に出る物語。途中で脳に障害がある青年(ジェームズ・カーン)と出会い、ふたりは一緒に旅を続ける。不安や痛みを抱えた人物像を描いたロードムービーで、コッポラ自身が脚本も手がける。彼のキャリアの中では異色の小品になっている。
『ペギー・スーの結婚』との共通点もある。こちらは40代になった主婦が、10代の自分に戻り、その後夫となる男性との人生を振り返る物語。こうしたヒロインの結婚や人生に対する迷いや問いかけは、すでに『雨のなかの女』でも描かれていた。
『ペギー・スーの結婚』(c)Photofest / Getty Images
ペギー・スーの迷いは、実は『ゴッドファーザー』シリーズで、マイケル・コルレオーネの妻となるケイ(ダイアン・キートン)の抱えていた葛藤にも通じる。家業はけっして継がないと言っていたマイケルを信じてつきあっていたのに、マイケルは父の後を継いで、マフィアのドンとなる。ふたりは一度別れるが、結局は結婚。家業として人殺しにも手を染めていると思えるマイケル。そんな彼をどこまで信じられるのか? 子供たちをどう命の危険から守ればいいのか? ケイはマイケルを愛しながらも、常に結婚生活に対する不安と葛藤を抱えながら生きている。
『ゴッドファーザー』シリーズを妻の視点でふり返ると、『雨のなかの女』や『ペギー・スーの結婚』の主人公に重なるものが見える。こうした映画の妻たちもまた、結婚生活に疑問をかかえ、自分のアイデンティティを揺さぶられている。
『ペギー・スーの結婚』は、他の2作とは異なりコメディとして作られているので、全体のトーンは明るいが、過去作をふり返ると、コッポラが興味を持っている女性像が浮かび上がる。結婚や人生の迷子となっている妻たち。その心の軌跡がこうした映画では描かれている。