キャスリーン・ターナーという勇気ある女優
コッポラの映画は重くて暗い印象もあるが、『ペギー・スーの結婚』は明るく軽快なトーンで貫かれている。公開時にはアメリカでは批評も良く興行も好調。その成功を支えていたのはキャスリーン・ターナーの演技ではないだろうか。80年代に本当に輝いていた女優のひとりだったが、この映画も間違いなく彼女の代表作の1本で、アカデミー賞の候補にもなっている。
彼女の衝撃のデビュー作だったのはウィリアム・ハート共演の『白いドレスの女』(81)。ハート扮する堕落した弁護士を罠に陥れる悪女役。昔ならローレン・バコールなどが演じそうなクールな女性に扮して、新人らしからぬ大胆な演技を見せ一気に注目の女優となった。スレンダーなスタイルとハスキーで低い声にも魅力があった。
私はこの映画が公開された時、新人だった彼女にインタビューに行ったが、『白いドレスの女』のセクシーで謎めいた雰囲気とは違って、すごくサバサバしていて明るいキャラクター。彼女自身も「いろいろなところで、役とは違うね、と言われます」と言っていた。すごく頭の回転が早くユーモアのセンスもあり、洗練された雰囲気もある。それでいてどこかお嬢さんっぽい品の良さも持っていた。
この映画の次に決定的なヒット作になったのが、ロバート・ゼメキス監督の『ロマンシング・ストーン』。冒険家の男性とジャングルを旅するロマンス作家の役。泥だらけでアクションをこなす場面もあり、共演のマイケル・ダグラスとのコンビも新鮮。物語の進行と共にすてきな女性に成長するところも楽しかった。この映画でゴールデン・グローブ賞を受賞し、続編も作られた。
次に話題を呼んだのが、『女と男の名誉』(85)。殺し屋同士で結婚し、最後はふたりの対決が待っている。夫役はジャック・ニコルソン。ターナーはクールでかっこいい殺し屋に扮していた。この映画でもゴールデン・グローブ賞受賞。これが公開された年、雑誌「スクリーン」の年間の人気女優のベストテンを見てみると、1位はダイアン・レイン、さらにソフィー・マルソーやフィービー・ケイツなど当時のアイドル系も入っていたが、それでもターナーは9位と健闘している。
『ペギー・スーの結婚』(c)Photofest / Getty Images
そして、ひそかにカルト的な人気を呼んでいる作品が、ケン・ラッセル監督の『クライム・オブ・パッション』(84)。昼はファッション・デザイナー、夜は娼婦というふたつの顔を持つ女性の役。ラッセルお得意のケバケバしい映像とブラックなユーモアを駆使して、アメリカ人の裏の顔に迫ったまさに怪作(しかし、ハマってしまうと、クセになるおもしろさ!)。ターナーの大胆、かつ繊細な演技に圧倒される作品だ。
その後は、マイケル・ダグラスと再共演となったブラック・コメディ『ローズ家の戦争』(89)、ジョン・ウォーターズ監督の風刺作『シリアル・ママ』(94)にも主演。
そして、『ペギー・スーの結婚』では、結婚につまずいた主婦の役。素顔のターナーも、ユーモア感覚がありコメディエンヌのセンスをもっているが、そんな彼女のはずむような明るさがうまく生かされた役。
ペギー・スーが高校時代の自分に戻ってみると、そこには温かい両親がいる(母親役のバーバラ・ハリスがいい味!)。妹は少し生意気で姉とケンカをすることもある。この役は若きソフィア・コッポラが演じている。
両親も公認の電気屋の息子チャーリーは、いきがっていて歌手志望(しかし、実はそれほど才能がないことが分る)。ケルアックなどのビート派作家にかぶれた黒づくめのマイケル(ケヴィン・J・オコナーが印象的)に、ペギーは内心ひかれている。一方、自分が現代から60年代にタイムスリップしたことを打ち明ける唯一の学生がリチャード(バリー・ミラー)。彼はペギーの助言もあり、発明の天才として成功することになる。
多彩な人物に囲まれていたことにペギーは気づき、タイムスリップを通じて周囲の人々への温かい思いを募らせる。特に派手なストーリーではないが、見る人が共感しやすい設定で、ターナーはその水先案内人の役。周囲から見ると高校性ながら、心は大人の彼女。気付け薬のかわりに父親のウィスキーを飲み、「お前、酒を飲んでいるのか?」と父に驚かれる場面など、ターナーのオフビートなユーモア感覚が生きている。
ペギー・スーの人物像は、特に年を重ねた後に見ると共感しやすいだろう。普通の街に住む平凡な女性の過去への追想。自分の家族との関係や恋愛、友情。ターナーの活気あふれる演技のおかげで、ノスタルジーを感じつつも多くの人が感情移入できる展開で、見終わると優しい気持ちになれる。