2025.07.23
ほとんどの人物・エピソードが実話をモデルに
前置きが長くなったが、この『オール・ザット・ジャズ』がここまで高く評価されたのは、稀代の振付家・演出家が自身の人生を赤裸々に、自分で描ききったこと。そしてその描き方、つまり映像や音楽の演出が画期的なまでにスタイリッシュなところ。それゆえに数十年の時を経ても魅力を失っていない。
タイトルだけ目にすると、音楽のジャズに関した作品かと勘違いされそう。ジャズダンスという言葉があるが、ボブ・フォッシーの振付は、たしかに一般的にジャズダンスと呼ばれるスタイル(ジャズに合わせて踊るわけではない)。また、映画のjazzには「大袈裟なホラ話」という意味もあり、フォッシーの自伝と謳いながら、どこまで本当かわからないという作品の意図も込められているのだろう。ただ、all that jazzという慣用句は「あれやこれやすべて」という意味があり、そこがフォッシーの人生をすべて曝け出すことも示唆する。そして本作に先立つ1975年には、フォッシーが脚本や振付を手がけた「シカゴ」がブロードウェイで幕を開けており、そのオープニングが「オール・ザット・ジャズ」という曲だった。このようにタイトルだけでも、さまざまな作品の意味や意図を読み取ることができる。
ボブ・フォッシーの分身であるジョー・ギデオン。その日常として、作品内で繰り返されるのが、朝の儀式である。目覚めとともにシャワーを浴び、カセットテープでヴィヴァルディの協奏曲ト長調をかけながら、目薬を差し、デキセドリンを溶かした水を飲む。そしてタバコをくわえ、鏡に向かって「It’s Showtime, Folks(皆さん、ショーの始まりです)」と宣言する。精神刺激効果もあるデキセドリンの薬瓶には、ギデオンの住所が記されており、そこはボブ・フォッシーが暮らしたNYのアパートメントのほど近い場所でもある。
登場するキャラクターも、たとえばギデオンの先妻オードリーは、フォッシーの3番目の妻であるグウェン・ヴァードンに当たる。ブロードウェイのレジェンド女優であるヴァードンは、「シカゴ」のオリジナルキャスト。ギデオンとオードリーの間に生まれた15歳のミシェルは、フォッシーとヴァードンの実娘ニコール・フォッシーのことであり、そのニコールは『オール・ザット・ジャズ』の中で、自動販売機の前でストレッチをしているダンサー役で登場している。ニコールはその後、映画『コーラスライン』(85)にメインキャストとして出演した。ちなみにフォッシーとヴァードンの関係は、2019年のドラマ「フォッシー&ヴァードン 〜ブロードウェイに輝く生涯〜」で描かれている(日本ではWOWOWで放映)。
『オール・ザット・ジャズ』(c)Photofest / Getty Images
ジョー・ギデオンの恋人ケイトを演じているアン・ラインキングは、当時のフォッシーの恋人でもあり、「シカゴ」などフォッシー作品で舞台に立ち、彼の「ダンシン」でトニー賞にノミネート。フォッシー亡き後、「シカゴ」を受け継いでトニー賞振付賞を受賞し、フォッシーの名を冠した1999年のブロードウェイ・ミュージカル「Fosse」では演出・振付を担当するなど、2020年に亡くなるまで、フォッシーの偉業を後世に伝える役割を果たした。
また、『オール・ザット・ジャズ』の中でギデオンがリハーサルをしているミュージカル「NY/LA」は「シカゴ」を彷彿とさせる。実際に「シカゴ」の制作段階でフォッシーは心臓発作で倒れており、そこがギデオンの手術・入院に重ねられる。また、ギデオンが映画を監督している点もフォッシーと共通しており、劇中で完成に苦慮している監督作『ザ・スタンド・アップ』が語られるが、これはフォッシーの監督作『レニー・ブルース』(74)に相当する。ダスティン・ホフマンの主演で知られる同作は、ブロードウェイのオリジナル舞台劇で、その舞台の主人公レニーを演じたのがクリフ・ゴーマン。『ザ・スタンド・アップ』を一緒に作るデイヴィス・ニューマンをそのゴーマンが演じている……という、ヒネリの効いた引用がなされた。
このように映画作家としてのボブ・フォッシーが自らの人生を映すスタイルは、彼がリスペクトしていたフェデリコ・フェリーニ監督へのオマージュでもある。フェリーニの代表作のひとつ『8 1/2』(63)で、新作の構想で温泉地へ向かう主人公の映画監督グイドは明らかにフェリーニの分身。現実と幻想が入り混じる作品の構造や、主人公が空中を落下する夢など、『オール・ザット・ジャズ』にはあからさまな引用もある。フォッシーの映画監督デビュー作『 スイート・チャリティー』(69)は、フェリーニの『カビリアの夜』(57)のミュージカル化作品。そんなフェリーニへの敬意から、『オール・ザット・ジャズ』の撮影には、フェリーニの『サテリコン』(69)や『フェリーニのローマ』(72)、『 フェリーニのアマルコルド』(73)を担当したイタリア人撮影監督ジュゼッペ・ロトゥンノを招くという徹底ぶり。フェリーニの『8 1/2』は1982年、ブロードウェイで「NINE」としてミュージカル化されたが、ボブ・フォッシーは振付を担当したかったのでは……と妄想してしまう。