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『オール・ザット・ジャズ』死さえも祝祭に変えるショウビジネス伝説の自伝

(c)Photofest / Getty Images

『オール・ザット・ジャズ』死さえも祝祭に変えるショウビジネス伝説の自伝

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時代を先取りした、攻めまくる振付



 もうひとつの美点である演出は、やはりミュージカル場面で大いに発揮される。ただ『オール・ザット・ジャズ』は厳密な意味で言えばミュージカルではない。実際にそこに流れる曲で出演者が踊り、歌う形式であり、唐突に歌&ダンスに変わる、いわゆる“ミュージカル場面”とは異なる。それでも、たとえばジョー・ギデオンの人生を歌とダンスで再現する終盤のショーのシーンは、ミュージカルそのもののスタイルであり、本作をミュージカル映画と捉えるのは問題ない。


 ミュージカル映画らしい音楽と映像のミクスチャーは、オープニングからいきなり全開である。ジョージ・ベンソンの「オン・ブロードウェイ」の緩やかなメロディとともに、ギデオンの新しいショーのためのオーディションが展開していく。曲が示すように、舞台となるのはブロードウェイの劇場のステージ。そこでダンサーたちが文字どおり“すし詰め”状態で課題の振付を踊っている。その数は、ざっと300人。彼らがすべて同じ動きをする映像は圧巻の一言であり、アン・オー(頭の上)の位置にゆっくりと上がる無数の両手は、それ自体が生き物のように美しい。1回転ずつ別々のダンサーの映像を繋げたピルエット(その場での回転)のように、大胆な編集も駆使される。目の前の多くのダンサーからギデオンが候補者を絞っていくプロセスには、ダンサーそれぞれの表情、客席で見つめる関係者の顔などを巧みに交錯させ、ここだけでひとつのドラマが成立している。ギデオンが失格を言い渡すダンサーの姿からは、その人のキャリアまで滲む。約4分半の「オン・ブロードウェイ」は、名作『 コーラスライン』のドラマをダイジェストで観せられているかのようだ。


 もうひとつ強烈に印象に残るナンバーが「テイク・オフ・ウィズ・アス」。基本的に既成曲が使われている『オール・ザット・ジャズ』の中で、この曲だけがオリジナル。その意味で作品の特徴を表している。新作ミュージカルのために、ギデオンがプロデューサーらを招き、スタジオで試作を披露する。そこで使われるのが「テイク・オフ・ウィズ・アス」で、冒頭こそ曲のタイトルのように「楽しい空の旅」をイメージしたダンスが繰り広げられ、プロデューサーたちも満足な表情を浮かべるが、後半は一転。かなりエロティックな世界に突入する。ほぼ全裸に近いダンサーたちが、男と女、女と女、男と男などと、艶かしいペアの振付を披露。これにプロデューサーらは渋い顔を見せるが、同席していた前妻のオードリーはギデオンの才能に感嘆する。たしかにこの「テイク・オフ・ウィズ・アス」には、振付家ボブ・フォッシーの特質が存分に生かされている。前半部分の帽子や手袋を駆使した意外な動きや、後半部分の複数の肉体による大胆なポーズなどに、クールかつセクシーなダンスの革新を求めてきた彼のスタンスが凝縮された。同性同士のペアダンスも時代を先取りにしている(公開当時はセンセーショナルだった)。「テイク・オフ・ウィズ・アス」には舞台用の巨大な脚立が使われており、フォッシーの実人生での代表作「シカゴ」の監獄の金属バーを使った振付を連想させる。ダンス自体も「シカゴ」と重なる部分がある。



『オール・ザット・ジャズ』(c)Photofest / Getty Images


 しかし「テイク・オフ・ウィズ・アス」にプロデューサーが難色を示したように、このミュージカルが劇中で完成されることはない。そもそもこの『オール・ザット・ジャズ』は、主人公が死へと向かう物語だ。前半から、ジョー・ギデオンの幻想としてたびたび現れるのが、ジェシカ・ラング演じるアンジェリーク(天使という意味)という女性。彼女はギデオンを、現実ではない世界、つまり「あの世」へと誘っている。そして要所で言及されるのが精神科医エリザベス・キューブラー=ロスの「死への五段階」。それは「否認」「怒り」「取引」「抑うつ」「受容」で、『オール・ザット・ジャズ』におけるジョー・ギデオンの心の変遷を代弁している。感動的なのは、その「受容」の段階における祝祭的なミュージカル演出で、一人のアーティストの奔放で幸福な人生に大喝采を送る豪華絢爛なショーが用意されるのだ。この味わいも、フォッシーが目指した『8 1/2』に通じるのだが、『オール・ザット・ジャズ』ではエンドクレジットに流れるエセル・マーマンの「ショウほど素敵な商売はない」が、その喝采にダメ押し的な感動を加味する。


 ボブ・フォッシーは1987年、60歳でこの世を去った。その前年にブロードウェイで、脚本・振付・演出を手がけた新作ミュージカル「ビッグ・ディール」を上演し、映画監督としてはロバート・デ・ニーロ主演の新作を準備中だった。おそらくフォッシーは死を迎える床で、『オール・ザット・ジャズ』のクライマックスのような光景を頭に巡らせていたに違いない。そして自身のショービジネス界での人生をすべて肯定する「ショウほど素敵な商売はない」の歌詞に導かれるように、天国に旅立ったのではないか。



文:斉藤博昭

1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。クリティックス・チョイス・アワードに投票する同協会(CCA)会員。



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