1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. 私たちが光と想うすべて
  4. 『私たちが光と想うすべて』現実と幻影の重なる場で、希望へと向かう
『私たちが光と想うすべて』現実と幻影の重なる場で、希望へと向かう

© PETIT CHAOS - CHALK & CHEESE FILMS - BALDR FILM - LES FILMS FAUVES - ARTE FRANCE CINÉMA - 2024

『私たちが光と想うすべて』現実と幻影の重なる場で、希望へと向かう

PAGES


別の時間、別の幻、新しい光へ



 さて、ガネーシャ生誕祭のあと、映画は思いがけず急転する。ムンバイを離れ、舞台はパルヴァティの故郷である海辺の村へ。場面を包んでいた雨の音は絶え間ない波の音へと変わる。ブルーが主体だった色彩に、温かなテラコッタが加わる。そして驚くべきことに、パルヴァティの故郷の村で展開される後半部分は、時間にしておよそ1日の出来事に過ぎない。ムンバイとここでは文字どおり、まったく違う時間が流れているのだ。


 映画冒頭では、プラバが担当している老いた女性患者が、死んだ夫が毎日病室に現われるのだと訴えていた(*6)。そしてこの海辺の村でも、不在の者が幻のように出現する魔法の瞬間が、引き延ばされた時間のなかで訪れる。それだけでなく、幻ではない生身の人間も訪れる。プラバは、アヌは、それぞれの問題にどんな答えを出すのか。パルヴァティだってもしかしたらこのままではいないかもしれない。彼女もまた闘いの場へと戻るのかもしれない。



『私たちが光と想うすべて』© PETIT CHAOS - CHALK & CHEESE FILMS - BALDR FILM - LES FILMS FAUVES - ARTE FRANCE CINÉMA - 2024


 ラストシーン、この映画で一貫して温かなものとして現われていた光が、どのシーンにもまして、さらに温かく登場人物を包みこむ。画面中央に輝くその光の塊は、映画の世界全体へとやがて広がり、スクリーンのこちら側へもにじみ出してくるかのようだ。少年のようにも見える短髪の若い女性が、女であることのくびきから解き放たれたかのように、光のなかで軽やかに踊る。それは3人を祝福しているかのようであり、これからの彼女たちの闘いに「きっと上手く行くよ」とささやいているかのようでもある。


注:

(*1)『キネマ旬報』2025年8月号(No.1967)45ページ。ちなみに、冒頭シークエンスに流れるインタビュー音声もまた、ノンフィクションとフィクションを合成するようなやり方で録られている。ムンバイに住む複数の人々にインタビューしたあと、そのなかのいくつかの発言をピックアップし、似たような経験をしている別の人物にその発言を語らせて録音したというのである。録音の際、監督は、「同じ経験をあなたなりに言い換えるとどうなりますか」など指示を出すことで、話者に対するディレクションも行なった。(https://www.slantmagazine.com/film/payal-kapadia-interview-all-we-imagine-as-light/

(*2)「私たちが光と想うすべて」というタイトルは、パヤル・カパーリヤーの母であり、2023年に京都賞も受賞している現代美術家、ナリニ・マラニの絵画作品(https://www.artbasel.com/catalog/artwork/34202/Nalini-Malani-All-we-Imagine-of-Light?lang=en)の題名から取られている。

(*3)シネフィルを自称するカパーリヤーのインタビューを読むと、古今東西の映画の題名が次々登場するのだが、本作を撮るにあたって参照した都市映画、あるいはお気に入りの都市映画として彼女が挙げたものには以下の作品が含まれる。シャンタル・アケルマン『家からの手紙』(76)、エドワード・ヤン『台北ストーリー』(85)、アニエス・ヴァルダ『5時から7時までのクレオ』(61)、サタジット・レイ『対抗者』(70)、ウォン・カーウァイ全作品、ホウ・シャオシェン『ミレニアム・マンボ』(01)、都市を描いたジム・ジャームッシュの作品、イシュトヴァーン・サボーの短篇映画『Várostérkép / City Map』(77)。(https://filmmakermagazine.com/127929-interview-payal-kapadia-all-we-imagine-as-light/ 

https://www.vogue.com/article/payal-kapadia-all-we-imagine-as-light-interview 

https://www.indiewire.com/features/podcast/all-we-imagine-as-light-behind-the-scenes-1235075166/

(*4)カパーリヤーがこの炊飯器のエピソードとの関連で、小道具の使い方について霊感を得た作品のひとつとして、川端康成の短篇「ざくろ」を挙げているのも興味深い。出征を前にした若者と、その幼なじみの女性との関係を、ざくろを媒介にしながら描いた小説である。(https://mubi.com/en/notebook/posts/hope-doesn-t-exist-if-you-ve-never-seen-it-payal-kapadia-on-all-we-imagine-as-light

(*5)https://www.rogerebert.com/interviews/love-is-political-payal-kapadia-on-all-we-imagine-as-light

(*6)死んだ夫に対してよい感情を持っていないことも含めて、これはカパーリヤー自身の祖母のエピソードから取られているとのこと。(https://thefilmstage.com/payal-kapadia-on-all-we-imagine-as-light-impermanence-magical-realism-and-trilogy-plans/



文:篠儀直子

翻訳者、映画批評。翻訳書は『フレッド・アステア自伝』『エドワード・ヤン』(以上青土社)、『BOND ON BOND』(スペースシャワーネットワーク)、『ウェス・アンダーソンの世界 ファンタスティック Mr.FOX』『ウェス・アンダーソンの世界 グランド・ブダペスト・ホテル』(以上DU BOOKS)、『SF映画のタイポグラフィとデザイン』(フィルムアート社)等。




『私たちが光と想うすべて』を今すぐ予約する↓





作品情報を見る



『私たちが光と想うすべて』

Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中

配給:セテラ・インターナショナル

© PETIT CHAOS - CHALK & CHEESE FILMS - BALDR FILM - LES FILMS FAUVES - ARTE FRANCE CINÉMA - 2024

PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. 私たちが光と想うすべて
  4. 『私たちが光と想うすべて』現実と幻影の重なる場で、希望へと向かう