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『私たちが光と想うすべて』現実と幻影の重なる場で、希望へと向かう

© PETIT CHAOS - CHALK & CHEESE FILMS - BALDR FILM - LES FILMS FAUVES - ARTE FRANCE CINÉMA - 2024

『私たちが光と想うすべて』現実と幻影の重なる場で、希望へと向かう

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※本記事はラストシーンに触れているため、映画未見の方はご注意ください。


『私たちが光と想うすべて』あらすじ

インドのムンバイで看護師をしているプラバと、年下の同僚のアヌ。二人はルームメイトとして一緒に暮らしているが、職場と自宅を往復するだけの真面目なプラバと、何事も楽しみたい陽気なアヌの間には少し心の距離があった。プラバは親が決めた相手と結婚したが、ドイツで仕事を見つけた夫から、もうずっと音沙汰がない。アヌには密かに付き合うイスラム教徒の恋人がいるが、お見合い結婚させようとする親に知られたら大反対されることはわかっていた。そんな中、病院の食堂に勤めるパルヴァティが、高層ビル建築のために立ち退きを迫られ、故郷の海辺の村へ帰ることになる。揺れる想いを抱えたプラバとアヌは、一人で生きていくというパルヴァティを村まで見送る旅に出る。神秘的な森や洞窟のある別世界のような村で、二人はそれぞれの人生を変えようと決意させる、ある出来事に遭遇する──。


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幻のように輝く光



 映画冒頭、夜のムンバイ。灯りのともる商店や露店の並びに沿って、キャメラが乗り物の速さで横移動していく。誰とも知れぬ人物がインタビューに答える音声がかぶさる。どうしてムンバイの街へ来たのか。ムンバイの街は自分にとってどんな場所か。話者は次々交代する。機会に満ちた街ではあるが必ずしも成功は約束されないこと、魅力的でありながら帰属意識を持ちにくい街であることを、彼らの言葉は明らかにする。この人々の名や顔は明かされない。世界の大都市の多くがそうであるのと同様、ムンバイは匿名性の場だ。


 このオープニングの映像と音声に接して、「ドキュメンタリー映画のようだ」と思う人は多いだろう。監督パヤル・カパーリヤーが、この作品に先立ってカンヌで名誉を勝ち取った前作『何も知らない夜』(21)が、ドキュメンタリーであることを知る人ならなおさらだ(なお、この作品は山形国際ドキュメンタリー映画祭でも大賞を受賞している)。『私たちが光と想うすべて』(24)は、彼女の初の長篇劇映画である。得意とするドキュメンタリーの手法を積極的に取り入れたのだろうとわたしたちは想像するが、彼女がドキュメンタリーとフィクションの境界を踏み越えたのは、実はこれが初めてではない。『何も知らない夜』もまた、ドキュメンタリーにフィクションの要素を織り交ぜた作品だったのだから。「私が試みているのは、フィクションをノンフィクション的なアプローチで扱うこと。この二つを共に考えることでノンフィクションはよりフィクションらしく、フィクションはよりノンフィクションらしくなると強く信じています」とカパーリヤー監督は言う(*1)。



『私たちが光と想うすべて』© PETIT CHAOS - CHALK & CHEESE FILMS - BALDR FILM - LES FILMS FAUVES - ARTE FRANCE CINÉMA - 2024


 話を冒頭シーンの映像に戻そう。映画は夜のムンバイの情景から始まる。実際、この映画に昼の屋外のムンバイはほとんど登場しない。夜のムンバイも人通りは多く、活気はあるのだが、わたしたちがさまざまな映像で見るインドの大都市の昼の喧騒とはどこか違って、メランコリックな詩情と、包みこむような温かさがある。季節は雨季で、ほぼ毎日大雨が降る。雨の降る夜のムンバイは、恋人たちが人目を避けて逢瀬を繰り返す場所だ。そして夜店に、露店に、ビルや住宅に、ともる無数の光の何という美しさだろう(*2)。これらの光は、必ずしも望みをかなえられないまま大都市に生きる人々が、かすかに胸に抱く希望を意味しているのだろうかと、ありきたりながらそんな考えが浮かぶ。映画の中間点でわたしたちは、ガネーシャ生誕祭の光の洪水を見ながら、ムンバイは夢の街であり、幻想の街なのだという言葉を耳にするだろう。では、この美しい光もまやかしでしかないのだろうか。だが、たとえまやかしだとしても、この映画の光はどこまでも優しい。




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