俳優出身監督だからこそ成し遂げられたもの
過去パートを成す子供たちは、主演ローザ・マーチャントをはじめ、演技初挑戦の人ばかりで占められた。例えるなら何の色にも染まっていない濁りなき真水のような存在だ。そんな彼らを俳優出身のバーテンス監督がどう導き、いかにして共に”あるべき形”を見出していったかは極めて重要なところである。
その点、バーテンスはオーディションによって集めた候補者たちに長期にわたるワークショップへ参加してもらい、そこでの様々な取り組みを通じて適性や相性を見極め、次第に人数を絞り込んでいった。13歳の役柄を演じたマーチャントは外見的にやや若く見えるものの、当時すでに16歳。オーディション前に原作小説にもしっかり目を通し、それなりの覚悟を持って複雑な役柄に臨んだという。
いざ撮影へと向かう過程では、制作側が考えうる万全の体勢を整えた。キャストや親たちに向けた入念なミーティングの時間がとられ、ストーリーや役柄について、綿密に詳細の説明や話し合いが行われた。さらにセラピストが関わって多岐にわたる専門的なアドバイスを施した。とりわけクライマックスの重要なシーンでは、長期に及ぶ交流ですっかり打ち解けあった出演者同士が信頼関係を持って臨めるように配慮し、撮影の狭間にはゲームや体を動かす時間を設けるなどして、撮影内容が心に影響を刻まぬよう細心の注意が払われた。
『MELT メルト』©Savage Film - PRPL - Versus Production-2023
バーテンスはこれまでのキャリアから、俳優というものがいかに他人の意見に左右される不安定な存在であるかを痛感してきた。だからこそ、今回の映画においてキャストに「安心感」を持って演じてもらうことは最優先課題。作り手と演者との間には、巡り合うべくして巡り合った強固な関係性あった。仮に、演者がカメラの前で何らかの不安を抱えた時、セラピストや監督がすぐさま演者に寄り添った言葉や対応を返せることは非常に大きなポイントだったことだろう。
かくなる制作体制もあり、本作の魂とも呼ぶべき子供たちの存在感は、ナチュラルな瑞々しさとその入念な積み重ねによって、この映画を忘れがたい生身の人間ドラマへ昇華させていった。と同時に、そこからの切り返しによって、大人になったエヴァの凍りついた内面は冷たく、固く、観客が踏み込むことが困難なほど凍りついた迷宮へと仕上がった。
物語の最後で、氷は融解の時を迎える。溶けた氷は水となって滴り落ちる。かつて真夏の日々の象徴だった水のイメージを前に、大人のエヴァは何を見出すのか。押し寄せる主人公の思い。重くのしかかる後味。こうした描き方一つをとっても、いたずらに感情をかき乱すことのない一本の心情の流れが深く見て取れる。細部まで妥協せずに練り抜かれた執念の心理描写が、本作を他とは味わいの異なる秀作の域へ引き上げている。
参考:
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
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提供:ニューセレクト、キングレコード 配給:アルバトロス・フィルム
©Savage Film - PRPL - Versus Production-2023