この映画のタイトル「メルト」(原題:Het Smelt/英題:When It Melts)とは本当によく言ったものだと感心させられる。「溶ける、融解する」。確かに本作では、凍りついて固まった主人公の心とミステリーが、時を隔てて、ものの見事に溶け落ちていく。
固体と液体、どちらか一方のみでは成り立たない。「メルト」は状態変化であり、いわばベクトルである。最終的に液化して全てが流れ落ちることによって、初めて弧を描くように意味を成す物語と言えるのかもしれない。
原作はベルギー産のベストセラー小説。映画そのものもサンダンス映画祭でのお披露目以来、ベルギー版アカデミー賞(マグリット賞)を始め様々な受賞を重ねている。ショッキングな出来事が待ち受けているにもかかわらず、なぜこれほど人気と支持を集めるのか。それは「融解地」へいざなう伏線や語り口が極めて巧みで、我々を引き付けて放さないから。何よりも主人公エヴァがたどる心理経緯の描写が丁寧かつ繊細で素晴らしい。全ての事実が明らかになる瞬間、我々の体には血の気が引いていく感覚が貫くはず。その構成といい衝撃といい、ただただ重く、静謐で、圧巻である。
『MELT メルト』©Savage Film - PRPL - Versus Production-2023
『MELT メルト』あらすじ
ブリュッセルでカメラマン助手の仕事をしているエヴァは、恋人も親しい友人もなく、両親とは長らく絶縁している孤独な女性。そんなエヴァのもとに一通のメッセージが届く。幼少期に不慮の死を遂げた少年ヤンの追悼イベントが催されるというのだ。そのメッセージによって13歳の時に負ったトラウマを呼び覚まされたエヴァは、謎めいた大きな氷の塊を車に積み、故郷の田舎の村へと向かう。それは自らを苦しめてきた過去と対峙し、すべてを終わらせるための復讐計画の始まりだった……。
Index
「凍りついた現在」と「輝かしい子供時代」を交互に描く
舞台は真冬のブリュッセルから始まる。主人公エヴァ(シャーロット・デ・ブリュイヌ)はこの街でカメラマンのアシスタントをしながら暮らしている。仕事はきちんとこなす。が、その態度はよそよそしく、他人と決して深く交わろうとしない。目線を合わすのを恐れるように常に誘いを断り、口にする言葉も最小限。自ら選び取るように孤独であり続けている。
そんな彼女に故郷の幼なじみから届いた、とある追悼会開催の知らせ。SNS上で「参加」のレスを返した瞬間から、エヴァの中で長らく凍りついたままだったものが密やかに蠢き始める。
それが何なのか。すぐに答えは示されない。代わりに本作はエヴァが13歳だった頃の故郷の記憶を映し出す。自然あふれる真夏の田舎町。眩い陽光が照りつけ、火照った体を冷やすような水のイメージも付随する中、大人以上に様々なことを汲み取る多感な少女の日常が描かれていくのだが・・・。
いわば本作は、真冬の都会(現在)と真夏の田舎(過去)とが交互にターンをつなぎながら語られていく物語だ。10年余りの間で、エヴァの人間性は激変してしまった。色彩や温もりを失った冬の風景は彼女の内面そのもの。あらゆる感情はまるで氷塊のように、他人と心を通わす一寸の隙もないほど固まってしまっている。
何がそうさせてしまったのか。この映画は、人生を180度変えた過去の経緯を辿りつつ、さらに現代の彼女が何を決意し、巻き起こそうとしているのか、その真相にもゆっくりと肉薄していく。