
(C)2024 Miramax Distribution Services, LLC. ALL rights reserved.
『ストレンジ・ダーリン』誰かにネタバレされる前に観てほしい。時系列を解体した、鮮烈かつ新鮮な”非線形スリラー”
2025.07.15
こ、これは…口が裂けても本作の核心について触れる事なんて出来ない。日本での封切りから数日が経過した今、おそらくSNSの向こうでは「本作を観た」「面白かった」「でもどう面白いのか詳述するのは気が引ける」そんなやるせない溜息があふれているに違いない。本作に触れるとなぜか秘密を守りたくなる。それに、よくよく考えると、我々がネタバレなく本作を存分に楽しめるのも、アメリカでの公開以来、世界中の鑑賞者たちによって「暗黙の了解」が維持されてきたからであり、おそらくこの映画には、観た人をポジティブな共犯意識へと引き込む力があるのだと思う。
本稿にネタバレはない。しかし、場合によっては、私が何とはなしに用いた言葉が、貴方の鋭敏な感性に何かを気づかせてしまう可能性だってありうる。それゆえ、本作にまつわる究極のアドバイスは「楽しみを奪われないうちに観る」。これに越したことはない。
『ストレンジ・ダーリン』あらすじ
シリアルキラーが町を恐怖に陥れる中、モーテルの前に停まった一台の車。中には、今夜出会ったばかりの男女の姿が。一夜の過ちが、予測できない凶悪な連続殺人へのスパイラルとなっていく。
Index
逃げる女、追う男
かくなる前置きをした上で、ようやく本題である。「ファイナルガール」という言葉をご存知だろうか。連続殺人事件をモチーフにしたホラーやサスペンスなどで(事件に見舞われた)最後の一人を示す言葉である。果たして殺人犯の毒牙から逃げ切れるのかどうか。その運命は神のみぞ知ると言ったところだ。
『ストレンジ・ダーリン』(23)はまさにファイナル・ガール的女性が、必死の形相で逃げ延びようとする姿をスローモーションで捉える場面から始まる。ブロンドヘアに真紅のスクラブ(医療用ウェア)、背景には緑が広がる。この鮮烈なカラー・コントラスト。本作の監督、脚本を努めたJ.T・モルナーがいちばん最初に着想したのもこれと同じ描写だったという。
『ストレンジ・ダーリン』(C)2024 Miramax Distribution Services, LLC. ALL rights reserved.
本作は、とある連続殺人事件にまつわる物語である。仰々しく表示されるテロップによると、一連の事件はこれまで何人もの犠牲者を出した後、警察が手を打てぬまま、幾つもの州をまたいで、ついにオレゴンの山中でなんらかの顛末を迎えようとしている。
そして今、女性(クレジット上の役柄は”The Ladyとされる)が追われている。車で逃げる女を、髭ヅラの男(”The Demon”)が追いかける。途中、彼がハンドルを手に白い粉をがむしゃらに摂取する様子も映し出される。かなりぶっ飛んだ状態だ。そこからのカーアクション。発砲。低予算の映画にしてはなかなかの描写が相次ぐ。しかしそこから話は直線的に進むことを拒否するかのように、唐突に「別の章」へと飛躍する。