
© 2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY
『入国審査』旅行者にとって他人事ではない悪夢を夏休み前にシェア
アメリカ移住を目指したカップルの災難に寄り添ってみると
ニューヨークの空港に降り立ったディエゴはなぜか落ち着かない。入国に必要な税関申告書を紛失したことに気づいたからだ。代わりに、エレナが新たに申告書に記入している間、ディエゴはどの審査官が優しそうかチェックしている。入国間際になって書類の不備に気づくことはよくあるし、列に並びなから審査官を見た目で判断してしまうのは旅人の常だ。あの人なら、スムースに判子を押してくれそう、だとか。でも、見た目が優しいからと言って審査が緩いというわけではなく、怖そうな審査官が簡単に判子を押してくれることもある。
そして、ディエゴの目算は狂う。優しそうに見えた審査官は2人のパスポートをスキャンし、指紋を採取し、顔写真を撮影した後、悪名高き”2次審査室”へと案内する。このあたりのサスペンスは全ての旅人にとって強烈だ。最終目的地であるマイアミへの乗り継ぎ便の搭乗時間が迫っていることを伝えても、審査官は聞く耳を持たない。”2次審査室”は入国審査ブースを出て少し歩いた先にあり、そこでは携帯電話で外部と連絡を取ることはもちろん、動くことも、私語も一切許されない。水も与えられない。いつ解放されるかも知らされない。不安が渦巻く密室だ。エレナはマイアミ便に乗り換える前にニューヨークに住む兄と会う予定だったが、それも無理そうだ。
『入国審査』© 2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY
やがて、解放されるどころか、さらに狭い取調室に連れて行かれた2人を待っていたのは、機内持ち込みしたバッグの中の検査、携帯電話のロック、麻薬探知犬による手荷物チェック、容赦ない身体検査、等々。まるで犯罪者のような扱いだが、母国に帰国はできない、かといって他国に入国もできない宙ぶらりん状態の2人は、黙って従うしかない。入国審査とは、かくも冷徹で人権を無視した行為だと思い知らされるシーンが続く。このような災難を回避するためには、まず、入国書類は完璧に揃えておくことだ。アメリカに入国する場合はESTA(電子渡航認証システム)の取得はもちろん、提示を求められることはまずないとは思うが、できればeチケットと滞在するホテルの予約確認書をプリントアウトしておいた方がいいかもしれない。
やがて、ディエゴとエレナの過去に関する特殊な事情が、入国審査で引っかかった原因であることが徐々に分かってくる。その中にはエレナも知らなかった事実が含まれていて、彼女のディエゴに対する信頼が揺らぎ始める。この辺りは見ていていたたまれなくなる。何しろ、入国審査では取り調べを受ける側の答えに食い違いがあることがいちばんまずいのだ。捜査官の執拗な聴取は、愛し合う者同士の亀裂を見逃さず、そこをハンマーで打ち砕こうとする。なぜ、そこまで? なぜ、自分が? と思うかもしれない。その答えは、映画のラストで提示される。痛烈で拍子抜けするようなオチは海外旅行あるあるではないだろうか。