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『アイム・スティル・ヒア』軍事政権の圧政に対抗した、母と家族の物語

©2024 VIDEOFILMES / RT FEATURES / GLOBOPLAY / CONSPIRAÇÃO / MACT PRODUCTIONS / ARTE FRANCE CINÉMA

『アイム・スティル・ヒア』軍事政権の圧政に対抗した、母と家族の物語

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薄れつつある事件の記憶



 劇中で名前が登場し、ブラジルの音楽界を代表するカエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルもまた、音楽の力で政府に抵抗し収監された人物である。そんなヴェローゾの作曲した数々の曲は、本編で家族の苦境を応援するかのように使用されている。それだけでなく、本作を彩るさまざまなMPBことムジカ・ポプラール・ブラジレイラ(ブラジルのポップミュージック)は、暗い時代への精神的な支えとなっている。


 家族がリオデジャネイロから離れる日、保管されていた乳歯がエウニセの手によってバビウに手渡され、父の愛情が時間差で伝わる場面や、マルセロが友人たちとの別れを惜しむ光景、そしてエリアナが一人ビーチで水平線を見つめる姿などが、次々に映し出されていく。本作はやはり家族の視点から、政府の理不尽な暴力と酷薄さの結果を、静かに浮かび上がらせるのだ。



『アイム・スティル・ヒア』©2024 VIDEOFILMES / RT FEATURES / GLOBOPLAY / CONSPIRAÇÃO / MACT PRODUCTIONS / ARTE FRANCE CINÉMA


 この作品の基となった回想録は、エウニセの息子マルセロが、母親が認知症を患い記憶が失われていくなかで家族の物語を記録したいと思ったことが、執筆のきっかけになったという。マルセロと同世代のサレス監督は、7年もの時間をかけて、この映画化プロジェクトに尽力し、時系列順に撮影をするという、強いこだわりで本作を撮りあげた。そこには監督自身の記憶や自身の思い、そしてブラジルという国に強い危機感をおぼえていたからだと想像する。


 ブラジルでは2019年から2022年まで、極右政治家のジャイル・ボルソナロが大統領を務めていた。彼は総選挙によってルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァに敗れたが、その結果を認めずにクーデターを企てた。世界のさまざまな国が内向きなナショナリズムに傾倒するなか、再び独裁政権が誕生する寸前だったのである。いまもボルソナロは、大統領選挙に出馬するために動いているという。


 このような政治家が力を持つという事実には、ブラジルもまた、過去の凄惨な事件の記憶が薄れつつあり、自由や民主主義、人権の重要性に対する関心が失われつつあることが示されている。本作は、破壊された家族の歴史や一人の女性の記憶を通して、そんな現状に抗おうとする作品でもある。その信念は、カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジル、圧政に抵抗したあらゆる人々、そしてパイヴァ一家と歩調を合わせるものである。



文:小野寺系

映画仙人を目指し、さすらいながらWEBメディアや雑誌などで執筆する映画評論家。いろいろな角度から、映画の“深い”内容を分かりやすく伝えていきます。

Twitter:@kmovie



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作品情報を見る



『アイム・スティル・ヒア』

新宿武蔵野館ほか全国ロードショー中

配給:クロックワークス

©2024 VIDEOFILMES / RT FEATURES / GLOBOPLAY / CONSPIRAÇÃO / MACT PRODUCTIONS / ARTE FRANCE CINÉMA

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