
©2024 VIDEOFILMES / RT FEATURES / GLOBOPLAY / CONSPIRAÇÃO / MACT PRODUCTIONS / ARTE FRANCE CINÉMA
『アイム・スティル・ヒア』軍事政権の圧政に対抗した、母と家族の物語
2025.08.13
『アイム・スティル・ヒア』あらすじ
1970年代、軍事独裁政権が支配するブラジル。元国会議員ルーベンス・パイヴァとその妻エウニセは、5人の子どもたちと共にリオデジャネイロで穏やかな暮らしを送っていた。しかしスイス大使誘拐事件を機に空気は一変、軍の抑圧は市民へと雪崩のように押し寄せる。ある日、ルーベンスは軍に連行され、そのまま消息を絶つ。突然、夫を奪われたエウニセは、必死にその行方を追い続けるが、やがて彼女自身も軍に拘束され、過酷な尋問を受けることとなる。数日後に釈放されたものの、夫の消息は一切知らされなかった。沈黙と闘志の狭間で、それでも彼女は夫の名を呼び続けた――。自由を奪われ、絶望の淵に立たされながらも、エウニセの声はやがて、時代を揺るがす静かな力へと変わっていく。
Index
陽気なブラジルに存在した闇の時代
ブラジルといえば、明るく温暖、風光明媚なビーチや大自然、「サッカー王国」としての顔や、サンバ、カーニバル文化、そして日系人が多いことなど、日本人にとって親しみやすくポジティブな印象が多い国だ。
ここで紹介する映画『アイム・スティル・ヒア』(24)は実在する家族の歴史を基に、陽気に人生を楽しむようなブラジルの裏にある闇の時代を描き、現在の脅威をも暗示する作品である。2025年のアカデミー賞で、ブラジル映画史上初となる国際長編映画賞を受賞したほか、作品賞、主演女優賞へのノミネートも果たした。
映し出されるのは、ある家族が政府によって破壊される1970年代の光景だ。ブラジルではクーデターによる軍事独裁政権が、1964年から1985年まで長く続いたのだ。そんな情勢のなか、本作の主人公となる女性、エウニセ・パイヴァは、元下院議員である夫のルーベンス・パイヴァや5人の子どもたちと、リオデジャネイロで暮らしていた。リオは監督のウォルター・サレスが生まれ育った街でもある。
『アイム・スティル・ヒア』©2024 VIDEOFILMES / RT FEATURES / GLOBOPLAY / CONSPIRAÇÃO / MACT PRODUCTIONS / ARTE FRANCE CINÉMA
双子山が見守る美しいレブロンビーチ。水泳が得意なエウニセは、家からほど近いこの賑やかなビーチで、陽光のなか波間に浮かぶ。彼女の子どもたち、マルセロやエリアナらも、球を蹴り合ったりビーチバレーをめいめいに楽しんでいる。マルセロは犬を見つけると、父親のルーベンスに飼う許可を得ようと家に向かう。
みんなが集ったホームパーティでは、ジュカ・シャヴィスの陽気なナンバー「Take Me Back To Piauí」が流れるなか、末娘のバビウの乳歯が抜けるというサプライズが起こる。ルーベンスはバビウとともにビーチの砂に抜けた乳歯を埋める。バビウが目を離すと、すかさずルーベンスは歯を取り出す。このシーンから、父の子どもへの愛や、家族と暮らす一瞬一瞬がかけがえのないものだということが伝わってくる。
そんな平和そのものの光景を、上空を飛ぶ軍用ヘリが縦に切り裂き、軍用トラックが横から分断する。家族の幸福の側には、不安と暴力の象徴が不気味につきまとっているのだ。そしてついに、当局がルーベンスに反乱分子の疑いをかけ連行する事態に。彼は人権を擁護し、軍事独裁政権に批判的な立場だったのだ。さらに妻のエウニセも収監されることになる。