2025.08.29
守護天使よ、甦れ!
『動くな、死ね、甦れ!』には、当初「守護天使」という仮タイトルがつけられていた。守護天使とはワレルカと行動を共にするガリーヤ(ディナーラ・ドルカーロワ)のことだ。ワレルカに「探偵」呼ばわりされるガリーヤは、いつもどこからともなく現れる。泥だらけのバザールでお茶を売る小さなライバルであり、ワレルカは恋愛に至らない仲間意識のような感情をガリーヤに抱く。カネフスキーはナザーロフに、ガリーヤ役のドルカーロワにも特別な信頼を寄せないよう命じていたという。好意と不信が同居する緊張状態が、スクリーンから読み取れる。そして守護天使という霊的なテーマは、続編の『ひとりで生きる』でより深く描かれることになる。
色のない世界。霧のカーテンに包まれたスーチャンという土地で、霊、または死のイメージは至るところから生まれる。日本人捕虜たちが政府機関の将校と思われる人物に、食器棚と間違えて棺桶を届けるシーンは、ブラックユーモアであると同時に、とめどない恐怖を感じさせる。おそらく捕虜たちが棺桶を届けるのはこれが初めてのことではない。どうして棺桶が必要だと思ったのか、ということを想像するのは恐ろしい。この土地には人の命に対するあきらかな軽視がある。どこかで誰かが投げ飛ばされたり、殴られたりするときの音や悲鳴が、この映画の基調だと言わんばかりに、すべてのショットに反響している。
『動くな、死ね、甦れ!』
希望のない過酷な世界だが、ワレルカとガリーヤの仲間意識や、歌いながら廊下を歩く共同住宅の住人にワレルカが親しみを感じているのは微笑ましい。陽気に大声で歌い歩く男性は、ワレルカの母親に好意を持っている。彼は道化のふりをしている。小さな子供が、彼のような道化に親しみを感じる理由はよく分かる。恋人との情事のためワレルカを追い出す母親は、第三者から見れば“悪い親”のように感じるが、カネフスキーはそういった意見を否定している。あの時代のあの土地を必死にサヴァイヴしてきたシングルマザーなのだと。ワレルカはあらゆる光景を目撃する。雪と泥の中でパンケーキを作り始める“狂ってしまった男”。戦争の後遺症によって“この世の外”を生きている彼の瞳のアップを、カネフスキーは必要以上に時間をかけて捉える。彼の瞳の奥に何を見るか。それがワレルカと私たち観客に求められている。
「スタート!」の掛け声で始まったこの映画は、ファーストシーンと呼応するように虚構の世界を断ち切る。「カメラはあの女を追え」。このときカメラは自らの霊性を解き放つことを許される。自由意志で動く“瞳”となる。タイトルの“甦れ!”という言葉に込められた思いとは、一秒一秒に生まれては死んでいった“生”の記憶、記録をこの世界に解き放つことでもある。あの時代のあの土地に生きたワレルカの魂よ、甦れ。ガリーヤ=守護天使の魂よ、この世界に甦れ。そして自由に飛び回れ。それは祈りの言葉であると同時に、この傑作フィルムの魂を観客の瞳の奥に留める呪いの言葉として響き渡る。
*「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン №4」(フィルムアート社)
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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『動くな、死ね、甦れ!』
「ヴィターリー・カネフスキー トリロジー」
ユーロスペースほか全国順次ロードショー中
配給:ノーム