2025.09.18
実写でエグい描写をアニメーションで表現
もともとピンク・フロイドは、音楽と映像を結びつける先駆けのバンドでもあった。ライヴのステージでは、照明やスライド、映画の一場面など特殊効果が駆使された。1975年のステージでは、漫画家でイラストレーターのジェラルド・スカーフにアニメーションを依頼。当初は試行錯誤だったが、1980年、ロサンゼルスのスタジアムで行われたコンサートでは、高さ9m、左右48mという巨大な壁がステージに立てられ、そこにスカーフのアニメーションを映し出す演出が成功。最後の曲でその壁が崩れ落ちるという、信じがたい演出で話題をさらった。
そのスカーフのアニメーションは、映画版にも採用され、雄蕊(おしべ)と雌蕊(めしべ)がドラゴンのような奇妙なキャラに変わって相手を食い尽くしたり、無数のハンマーが一糸乱れぬ行進を続けたり(現代の某国の軍事パレードを想起させる)、いま改めて観ても狂気的で鮮烈なイメージの数々に度肝を抜かれる。アニメーションのシーンは限定的ながら、実写の合間に(実写での表現が敬遠されそうな)超グロい描写として挟み込むなどして、「ザ・ウォール」の物語とテーマをヴィヴィッドに伝えている。何より、実写の中のアクセントとして機能し、長大な“プロモーション・ビデオ”を飽きさせない効果を放っている。
『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』(c)Photofest / Getty Images
そのアニメだけでなく、全編にわたってショッキングかつセンセーショナルな描写が詰め込まれている本作だが、その最たる例のひとつが「Another Brick in the Wall」で、ピンクの小学生時代を振り返っていると思われるこのナンバーでは、不気味な無表情のマスクをかぶった生徒たちが1列で整然と歩いていく。そして、その先の巨大な機械に一人一人落下していき、機械の下部からミンチ(挽肉)として出てくる。人肉が食料となる『ソイレント・グリーン』(73)を彷彿とさせる恐ろしいシーンであり、画一化された人間が社会の歯車としてしか機能しない現実を皮肉る。同時に生徒たちが教室で反乱を起こす描写をつなげ、見事なアンチテーゼにもなっている。
さらに中盤以降は、ピンクが極右のカリスマ的リーダーになっているイメージが相次ぐ。ハーケンクロイツ(鉤十字)を思わせる、2本のハンマーが交差したマークを紋章とし、スキンヘッドの若者たちがピンクを囲む「Waiting for the Worms」など、ヒトラーのナチスはもちろん、現代の世界各国に広がる過剰な排外主義、ポピュリズムともリンクする。実際に当時のこのシーンの撮影には、ネオナチの若者がエキストラとして参加したという。本作が公開された後、このダブルハンマーの紋章をロゴにしたファシスト集団が現れたそうで、映画の影響力、恐るべしだ。