2025.09.18
『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』あらすじ
ピンクは父親を第二次世界大戦で失い、母親から異常なほど溺愛されて育つ。理不尽な教師と無個性な生徒たちに囲まれ、抑圧的な学校生活を送った。そうして大人に成長したピンクは、ロック・ミュージシャンとして成功する。結婚もして、これからの人生は順調に歩んでいくはずだった。しかしロック・スターとしてのプレッシャーから薬物に溺れ、さらに妻の不倫が発覚。ピンクは心を閉ざし、周囲の人間との間に「壁」を築いてしまう。そして次第に、彼の心は狂気に飲み込まれていくのだった。
Index
映像化を想定したかのようなコンセプト・アルバム
音楽から映画が生まれる。まずイメージしやすいのが、名曲やヒット曲を基に、そのタイトルと同じ1本の映画を作ること。洋画では『スタンド・バイ・ミー』(86)や『プリティ・ウーマン』(90)、『ラスト・クリスマス』(19)、邦画では『 なごり雪』(02)、『雪の華』(19)、『糸』(20)など数多く存在する。1960年代を中心に日本では、ヒット曲が起点の映画がたくさん作られた。ただ、これらは曲が映画の“モチーフ”であり、主題歌として流れてドラマとの一体感を高めているのがほとんど。
そして稀ではあるが、ミュージシャンの「アルバム」がそのまま映画になるケースも存在する。たとえばデヴィッド・バーンのアルバム「アメリカン・ユートピア」は、ブロードウェイの舞台で上演され、それを一本の映画として公開した。しかし、このパターンを“アルバムの映画化”と呼ぶのには違和感もある。
アルバムの映画化の貴重な例として挙げられるのが、1975年のケン・ラッセル監督の『Tommy/トミー』。イングランドのロックバンド、ザ・フーの1969年のアルバム「トミー」に収録された曲を使い、全編、歌のみで展開していくロック・オペラだ。「トミー」の場合、基になった同名アルバムの時点でストーリーが存在していた。あるトラウマによって三重苦を背負ったトミーが救世主に祀り上げられていく。それが曲の段階ですでに表現され、つまり映像化、ミュージカル化を想定して、アルバムを先行的にリリースしたと言ってもいい。映画版にはザ・フーのボーカル、ロジャー・ダルトリーが出演するなど、基になったアルバムとの関係も色濃い。
そしてもうひとつ、アルバムの映画化として鮮烈な記憶として甦るのが、アラン・パーカー監督の『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』(82)だ。1979年のピンク・フロイドのアルバム「ザ・ウォール」を基に作られた。「トミー」ほど明確ではないものの、「ザ・ウォール」も曲によってストーリーとテーマが浮かび上がる、いわゆるコンセプト・アルバム。ピンクというロックスターの主人公が設定され、父を失った戦争、子供時代の抑圧的な学校生活、カリスマ的な人気、ドラッグに溺れ、精神的に追い詰められる過程が、タイトルのウォール=壁を象徴的に言及しながら展開していく。映画として比較すれば『 Tommy/トミー』以上に、イメージやムードが強調され、極論するなら映画全体がアルバムの“プロモーション・ビデオ”の役割を果たしている。プロモーション・ビデオという形容はちょっと軽く聞こえてしまうかもしれないが、全体が強烈なインパクトを放ち、チャレンジングな表現も試みられた一作である。基本的にアルバムの曲で構成され、合間に音楽が入らないシーンを挿入しつつ、「ザ・ウォール」の歌詞以外のセリフは、ごくわずかという徹底ぶりだ。
『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』(c)Photofest / Getty Images