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『ジェイコブス・ラダー』聖書が照らすベトナム帰還兵の闇

(c)Photofest / Getty Images

『ジェイコブス・ラダー』聖書が照らすベトナム帰還兵の闇

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『ジェイコブス・ラダー』あらすじ

ベトナム帰還兵のジェイコブは、今はニューヨークの郵便局に勤め、同僚の恋人ジェジーと暮らしている。しかし最近になって、ベトナム戦争中に敵の襲撃を受けた凄惨な体験が悪夢となって蘇り、さらに身の回りに奇妙な出来事が次々と起こり始める。ベトナム時代の戦友もまた同じような悪夢や幻覚に悩まされていることを知り原因を探るジェイコブだったが、そこには驚愕の事実が待ち受けていた……。


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悪夢から降りてきた魂の脚本



 『ゴースト/ニューヨークの幻』(90)と『ジェイコブス・ラダー』(90)が同じ脚本家の手による作品と知れば、多くの人が意外に思うだろう。第63回アカデミー賞で脚本賞に輝いた『ゴースト/ニューヨークの幻』(監督:ジェリー・ザッカー)は、亡くなった恋人が幽霊として戻ってくるというロマンティック・ファンタジー。ウーピー・ゴールドバーグ演じる霊媒師オダ・メイ・ブラウンの軽妙な演技が物語にユーモアを添え、笑いと涙を絶妙に織り交ぜた、ハリウッドらしい感動作に仕上がっていた。


 一方『ジェイコブス・ラダー』は、ロマンティックな幻想の対極に位置する、身の毛もよだつようなナイトメア・ストーリー。そこには“愛の奇跡”の代わりに、“悪夢の迷宮”が広がっている。ベトナム戦争帰還兵のジェイコブ(ティム・ロビンス)が、現実と幻覚のあわいで崩壊していくプロセスを描いたこの映画は、不条理、死、罪、そして解放をめぐる精神的ホラー。観客はジェイコブの意識の奥底へと引きずり込まれ、現実の手触りを失っていく。


『ジェイコブス・ラダー』予告


 すべては、脚本家ブルース・ジョエル・ルービン自身が見た悪夢から始まった。深夜のニューヨーク地下鉄に閉じ込められ、出口のない恐怖に襲われる。唯一の逃げ道は地下へのトンネルーーすなわち地獄への入り口。この夢を見た当時、彼はイリノイの田舎で失意の中にあり、人生の物語が「もう終わった」と感じていた。しかし目覚めた瞬間、「これは映画のオープニングになる」と直感し、地獄から抜け出すために書き始めたという。


 この夢の背景には、LSD体験がある。大学時代、偶然摂取した大量のLSDによって、彼は強烈な幻覚を体験。西洋の枠を超えた精神的次元を理解するため、インド・ネパール・チベットを巡る放浪の旅に出る。やがて『チベット死者の書』における中有の思想(生と死、死と再生の中間にある存在状態)と出会い、これが脚本の中核となった。


 ルービンは『ジェイコブス・ラダー』を「自分が書いたのではなく“降りてきた”」と語る。「私はタイプライターの前に座り、ただ口述筆記のように打ち込んだ。まるで何かが私を通して語っているようだった。どこから来るのかも、なぜなのかも分からなかったが、それは止めどなく流れ込み、私を恐怖で震え上がらせた」(*1)


 彼は執筆にあたって、ロベール・アンリコ監督の短編映画『ふくろうの河』(61)を参考にした。南北戦争中、絞首刑に処される男が縄が切れて逃げ延び、自宅に戻り妻に手を伸ばすが、それは死の瞬間に見た幻で、彼の遺体は橋の下にぶら下がっていた…という物語。ルービンは自分の脚本がその精神的な長編版であることに気づく。ジェイコブが死を迎える直前に見る幻視、それが彼の魂の浄化と解放の旅だと悟ったのだ。


 完成したシナリオは、1980年代から10年近く“未映画化脚本”として眠っていたが、『危険な情事』(87)の成功で評価を得たエイドリアン・ライン監督が手を挙げることで、ようやく映画化が実現。後年まで語り継がれるカルト・ムービーが誕生した。





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