脚本脱稿前に譲渡されていた権利
同年、驚くべき事実が発覚する。ベッソンをルームランナーがある豪邸に招いた時点で、ベイティはフォックスに企画を持ち込み、製作費50万ドルを手にしていたのだ。ベイティに版権を手渡したのは通訳担当のマルジョリー・イスラエルだった。つまり、ベッソンがスクリプトも脱稿してない時点で『グラン・ブルー』は他人の所有物と化していたのだ。
1987年。ベッソンは作品の権利と映画人としての尊厳を取り戻すため、ベイティに直接面会。その席でひたすら謝り続けるベッソンに、ベイティはただの一度も目をくれなかったという。そればかりか、弁護士を介して権利放棄のために50万ドルを要求。それをゴーモンが承諾して生臭い内幕劇は幕となった。
ベッソンによると、最後に会った時のベイティはフランスの若造にいい格好されたのが余程腹立たしかった違いない、ということになっている。でも、考えてみると皮肉な話だ。ナタリー・ウッド、ジュリー・クリスティ、ダイアン・キートン、マドンナ、そして現夫人であるアネット・ベニング等、共演女優たちとまるで儀礼みたいに恋に落ち、同時にヒットメーカーとしてハリウッドに君臨してきたベイティに、若造扱いされたベッソンだが、今や彼は過去10年間で実に40本の映画を製作する"ヨーロッパ・コープ"を率いる立場にあるのだから。
少なくとも発表する作品数の多さでは、絶頂期のベイティを遙かに凌いでいる。映画人としてだけじゃない。ベイティほどの高確率ではないにしろ、アンヌ・パリロー(『ニキータ』)、ミラ・ジョボビッチ(『ジャンヌ・ダルク』)、その他諸々、主演女優と恋どころかきっちり結婚までしてしまうプレイボーイぶりもそっくり。かつて対立した2人は、もしかして最初から、似た者同士だったのかも知れない。
もう一度、あの海へ旅立とう!!
しかし、映画『グラン・ブルー』は紛れもなく永遠のマスターピースだ。たとえ、監督が宿命的に時間の洗礼を受けて変容したとしても。今も目を閉じると、ジャックとエンゾが競ってダイブする紺碧の海や、青白い月夜の水面をイルカがジャンプする姿が鮮やかに蘇って来る。かつて、そんな夢のような映画をリュック・ベッソンは作った。
『グラン・ブルー』© Photofest / Getty Images
出来うるならば、もう一度あの映像世界へ、若々しい感性へ、そして、あの海へ、僕らを連れて行って欲しい!!それが" グラン・ブルー・ジェネラシオン"の秘めた願いなのではないだろうか。
出典:「グラン・ブルー リュック・ベッソンの世界」(ソニー・マガジンズ刊)
文 : 清藤秀人(きよとう ひでと)
アパレル業界から映画ライターに転身。映画com、ぴあ、J.COMマガジン、Tokyo Walker、Yahoo!ニュース個人"清藤秀人のシネマジム"等に定期的にレビューを執筆。著書にファッションの知識を生かした「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社刊)等。現在、BS10 スターチャンネルの映画情報番組「映画をもっと。」で解説を担当。
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