思い出すことは信じること
『ジェイ・ケリー』のかなりの部分を占める列車のシーンは、まるで人生の走馬灯であるかのように美しいシーンだ。ジェイは次女のデイジー(グレース・エドワーズ)を追いかけ、ヨーロッパに旅立つ。ジェイ・ケリーという世界的なセレブが二等車に乗る。たまたま乗り合わせた乗客がジェイの登場に色めき立つ。この列車にはデイジーが乗る予定だ。列車に乗り込んだジェイは、瞬時に様々な乗客の仕草を観察する。サンドイッチを用意する女性。車窓を鏡代わりにリップを塗る女性。俳優=映画作家の視線が発動される。ジェイが乗客へ向ける関心の視線は、彼が人の所作をよく観察する優れた俳優であることを表わしている。ご機嫌なジェイはファンサービスに積極的だ。ジェイは華やかな“ジェイ・ケリー”というスターのイメージを演じる。「あなたの映画と共に生きてきた」と語りかけるファンの声に喜んで応える。ジェイの立ち振る舞いは、みんなを愉快な気持ちにさせてくれる。誰一人傷つけない善意に溢れている。

Netflix映画『ジェイ・ケリー』
人生の走馬灯であり、カーニバルのような列車。タイムカプセルとしての列車。この列車の中でジェイはこれまでの人生に起きた様々な風景を思い出す=幻視する。年老いた自分が、若い頃の自分を映画館の観客のように見つめている。優しさや苦笑いと共に。特殊効果に頼りたくなかったノア・バームバックは、セットを作り、すべてをアナログの手触りで撮影している。演劇学校の風景、かつての親友、映画の撮影風景、成就することのなかったロマンス。すべてが現在の“ジェイ・ケリー”を形作ってきた。ジェイの過去と並行して、マネージャーのロンと広報担当のリズ(ローラ・ダーン)の秘められたロマンスが語られていく。年月を重ね、それぞれが幸せな生活を送っていても、二人の胸の中にはあのときの感情にアクセスできるだけの手がかりが残っている。
走馬灯としての列車のシーンは、ノスタルジーと共に、人生の取り返しのつかなさを描いている。しかし思い出すことは今を信じることにつながっていく。記憶とは容赦なく流れていく時の流れに抵抗する唯一の手段でもある。ヨーロッパへ向かう飛行機の中で、乗客の女性はつぶやく。「人間の中にはあらゆる年代の自分がいる」。私たちは過去の記憶と共に歩いている。あらゆる年代の自分と共に歩いている。そしてある日、ジェイのように感嘆の声をあげる。人生とは、なんて奇妙なのだろう!