2026.01.14
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従来とはテイストが異なるアロノフスキーの新作
ダーレン・アロノフスキー監督の新作。そう聞くだけで、正直言って私の意識はかなりうろたえる。デビュー作『π』(98)をはじめ、『レクイエム・フォー・ドリーム』(00)、『レスラー』(08)、『ブラック・スワン』(10)や『ザ・ホエール』(22)に至るまで、アロノフスキー作品は常に知的で、斬新で、いくつもの数式を掛け合わせたかのように緻密で、それでいて観る者の精神をキリキリさせることも多い。
だが、今回はどうだろう。アロノフスキーの中でどんな心境の変化が起こったのかは皆目わからないが、この映画はまるでジェットコースターだ。いつもの緊張や狼狽などに身構える必要なんてない。我々がなすべきは映画館の客席にただ腰を下ろすことのみ。あとはもうニューヨークを駆け巡る爽快なチェイス・アドベンチャーに身を委ねればよい。

『コート・スティーリング』
カオスがどこまでも追ってくる命がけの逃走劇
ストーリーをざっとご紹介しておこう。舞台は90年代。主人公ハンク(オースティン・バトラー)はかつてメジャーリーグ入りが確実視された有望選手だった。しかしある日、飲酒運転で事故を起こし、同乗していた仲間は死亡。自身も選手生命を諦めなければならないほどの大怪我を負う。そんなトラウマを抱えつつ、今では故郷から遠く離れ、ニューヨークでバーテンダーとして昼夜逆転した生活を送る日々を送っている。だがある日、隣人のモヒカン頭のパンクなイギリス人(マット・スミス)に猫を預かって欲しいと頼まれた直後から、いっさい身に覚えのない凶暴なマフィア連中につけ狙われるようになり…。
前述したように本作はまるでジェットコースター。あるいは野球にたとえるなら、突如、指名打者としてバッターボックスに立たされ、ホームランか空振りか、人生大逆転を賭けた”一振り”に全てを託すような作品と言うべきか(ちなみにタイトルの「コート・スティーリング(Caught Stealing)」とは、盗塁失敗を意味する言葉だそうだ)。
これまでのアロノフスキー作品を振り返ると、その作風は主人公の意識の奥深くにまで入り込んで、超主観的で、サイコロジカルなドラマを彩っていくケースが多かったが、本作で大きく違うのは、カメラが主人公の奥深くまで入り込み過ぎないこと。客観的とすら思えるほどカラッとした目線で、ハンクがたどる運命の数日間を躍動的に描いていく。エンタメ然とした快活さはまさにそこから来るのだろう。