不穏な映画だ。スクリーンから放たれる異様なまでの威圧感と静寂、そして何かが膨れ上がり今にもバチンと弾け飛んでしまいそうな空気に、我々はただただ戦慄させられるばかり。それでもなお最後まで観客の目を釘付けにするところに本作の凄まじい力量を感じる。
決して万人に愛される生易しい映画ではないが、『ジョーカー』(19)や『タクシードライバー』(76)、『キング・オブ・コメディ』(82)をも彷彿とさせる、時代が産み落とした怪作と言っても過言ではないだろう。
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夢の希求が暴走に変わるとき
主人公キリアン・マドックス(ジョナサン・メジャース)は、いつか専門誌の表紙を飾ることを夢見る、アメリカの田舎町のアマチュア・ボディビルダーだ。
しかし冒頭に映し出されるのは、彼がカウンセリングに受け答えする姿。何やら他者に対してひどく攻撃的な言葉を浴びせかけてしまう傾向があるらしく、定期的な経過観察を余儀なくされているのだ。両親は訳あって死去。病気の祖父と二人暮らし。友人や恋人もいない。本作は不気味なまでの静謐なカメラワークと幻想的な映像表現によって、彼の内面を少しずつ抉り出していく。

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キリアンがメンタルの不調を抱えているのはすぐに分かる。他にも、ぬぐいきれない幼少期のトラウマ、周囲の人々の無理解、経済的な困窮や孤立といった社会問題もある。それらに押しつぶされそうな脆弱な魂を防護するかのように、ひたすら筋肉に負荷を加え、徹底した食事制限を行い、そしてステロイドを打ち続ける日々。自らを極限まで痛めつけながら、キリアンは新人の登竜門でもある大会を目指すのだが…。