内面と外面とを分かつ鎧
本作プレス資料に掲載してあるメッセージで、監督はキリアンの筋肉を「鎧」と表現している。なるほど、この人物は外側から社会の圧力にさらされ、さらに内側からも爆発的な感情がこみ上げている。この鎧はあたかも双方を拮抗させ、ギリギリのところで正気で居させてくれる防波堤ですらあるかのようだ。
一方でこれは普遍的な物語でもある。キリアンを特殊な危険人物としてカテゴライズすることはたやすい。でもそこから一歩踏み込んで、「社会から忘れ去られた自分」「周囲の人々が目をそらして直視しようとはしない自分」として見つめる時、完全に一致することはないにせよ、どこか観る側の私たちと、色をにじませながら重なっていくものを感じないだろうか。
人は決して強くはない。誰もが少なからず鎧を身に纏い、脆弱な魂を守ろうとしている。そのうち鎧は肥大化する。内側と外側のバランスは驚くほど乖離していくーー。これが他でもないコロナの時期に構想されたことが、「個人と社会」をめぐる問題をより根源的に見つめるきっかけとなったのは言うまでもない。

『ボディビルダー』©2023 LAMF Magazine Dreams LLC All Rights Reserved.
得体の知れないものがうごめく不気味な時代を、社会を、そして内面世界を、無二の視点で生々しく活写した本作。この長編2作目でバイナム監督は大きく化けたと私は感じた。これほど芸術性豊かに人間の闇を描ける人間は多くはいない。物語の締め方についても私は非常に腑に落ちた。何よりも、バイナムが虚無や絶望ではない別の境地を求める人であることを、窺い知れたのが意義深く感じられた。
2023年のサンダンスでプレミア上映された『ボディビルダー』は、本来ならもっと注目を集め、数々の映画賞で受賞を重ねられたはず。しかしその後のジョナサン・メジャースをめぐる一件によって、一度は決まっていた全米配給の話は消滅。新たな配給会社が手を上げるまでの間、長らくお蔵入りの状態を余儀なくされたのは、非常に残念な話だ。
いま、長き苦難の旅路を経てようやく日本公開にたどり着いたバイナムの新作を、果たしてあなたはどう受け止めるだろうか。
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1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
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『ボディビルダー』
シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷 ほか全国順次公開中
配給:トランスフォーマー
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