周囲に恐れられ、なおかつその存在が見えない
ここから暴走が一気に加速する。何が引き金となったのか、彼がどこへ向かうのかはもはや分からない。我々にできるのは、目の前で繰り広げられる感情の軋みと苦悶の叫びを、じっと祈るような気持ちで見つめることのみだ。
本作の構想はどこから生まれたのだろう。海外インタビュー記事によると、イライジャ・バイナム監督(『HOT SUMMER NIGHTS/ホット・サマー・ナイツ』/17)はパンデミックの初期に「孤独」というテーマについて考えていたという。
それをいかにして一つの作品に発展させるか。突破点となったのはジムで見た異様な光景だった。一人の筋骨隆々な男が苦悶の表情でトレーニングを続け、周囲の誰も(バイナムさえも)がその姿に言い知れぬ恐怖を抱き、目をそらし、見て見ぬ振りをしていた。その瞬間、「周囲の人々から恐れられながらも、同時にその存在が見えない人物像」を着想したのだとか。

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この時に書き進めた脚本はまだ満足のいくレベルではなかったが、次なる偶然は、ふと市営バスを目にした時に舞い込んだ。バスの側面に俳優のジョナサン・メジャースの顔が描かれていたのだ。途端にバイナム監督はキャラクターの掘り下げ方が足りなかったことに気づき、メジャースへの”あてがき”のように具体的イメージを膨らませていったという。
この完成稿が、メジャースの目に留まったのがちょうどコロナのピークの頃。激しくも繊細なストーリーと役柄にメジャーズは大いに魅了され、出演を決意する。撮影がボクシングドラマ『クリード 過去の逆襲』(23)の後だったこともあり肉体的な基礎面では功を奏したものの、それでも18ヶ月に及ぶトレーニング、1日6,100カロリーの摂取、撮影中の1日3度のワークアウトは、彼の体を極限まで変えていった。これはある意味、変貌のドラマ。視覚的に恐怖や戦慄を覚えるほどのメジャーズの変貌なくして、本作は生まれ得なかっただろう。