2026.01.29
現実世界への“侵食”
本作の映像体験に、『search/サーチ』(18)のような既視感を覚える観客も多いだろう。それもそのはず、PC画面上だけで物語が進行する“スクリーンライフ”というジャンルを確立したティムール・ベクマンベトフ(『search/サーチ』プロデューサー)が、本作の監督なのだから。しかし、映像表現のパイオニアである彼が本作で挑んだのは、単なる同工異曲ではない。それは、映画の枠を超えた体験の創出である。
従来のスクリーンライフ映画において、観客はあくまで一つのPC画面を外側から覗き見る傍観者だった。だが本作でベクマンベトフは、この手法をネクスト・レベルへと引き上げる。
「これはAR(拡張現実)映画のようなものになるでしょう。なぜなら、単に顔が3D(立体的)に見えるという話ではないからです。それはむしろ、スクリーン自体が劇場内を飛び回るような体験です。文字通り劇場の中で、あなたはスクリーンが自分を取り囲んでいるのを目にするでしょう」(*3)
この映画は、物理的に観客席の空間へと侵食する。もはや、観客は安全な客席に座っていることを許されない。レイヴンと同じ処刑椅子に縛り付けられ、情報の濁流に溺れる圧迫感を共有することになる。
これは、「人生の半分をデジタル世界で過ごしている」現代人の感覚を、物理空間で再現する試み。私たちは日々、スマホや通知に囲まれ、自分のデジタル・フットプリント(足跡)がいつ牙を剥くか分からない恐怖の中で生きている。本作のAR的演出は、そんな現代社会のメタファーとして機能している。

しかも、この“侵食”は映画の中だけでは終わらない。本作には、スクリーンのさらに外側にある、もう一つの皮肉なレイヤーが存在する。それは、この映画自体がNetflixやAmazon Prime Videoなどのプラットフォームで配信された瞬間、現実のAIがこの作品を学習データとして取り込み、冷徹に分析し始めるという事実だ。
作中では、人間がAIによって「有罪か無罪か」を裁かれる。しかし現実世界では、この作品そのものがAIのアルゴリズムによって「価値があるかないか」を裁かれ、人間にサジェストすべきコンテンツかどうかが決定される。 さらに言えば、この映画を観て「AIマジで怖い!」とSNSに感想を書き込む私たち自身の行動さえも、新たなデータとしてAIに吸収され、次のアルゴリズムの精度を高めるために利用されていくのだ。
我々は「AIという箱」を外から眺めているつもりだった。だが気づけば、我々こそがその箱の中に閉じ込められ、アルゴリズムというマニュアルに従って「いいね」や「コメント」という記号をせっせと排出し続ける、単なる作業員なのかもしれない。
『MERCY/マーシー AI裁判』は、現代社会というシステムそのものをハッキングし、我々にその構造を突きつける作品だ。
(*3)https://www.ign.com/articles/chris-pratts-screenlife-thriller-mercy-puts-ai-on-trial
文:竹島ルイ
映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。
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配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント