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『ウォーフェア 戦地最前線』リアルな戦場体験は何を問うのか

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『ウォーフェア 戦地最前線』リアルな戦場体験は何を問うのか

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作品の客観的視点を取り巻く二重、三重の皮肉



 皮肉に思えるのは、米軍でも屈指の精鋭部隊であるはずの彼らが、予期せぬ事態に直面して次々とミスを犯すこと。まず自分たちが立てこもる家を適当に選び(「俺たちの部隊はこの家にするよ」というセリフがある)、二階にあがるために深夜にハンマーで壁をぶち抜き(爆破すると音が大きいという理由らしいが市街地で壁をぶち抜いたらそりゃバレる)、混乱が高まると小隊長は「俺にはもうムリ」と指揮権を放棄し、通信兵だったメンドーサも耳になだれ込んでくる情報に耐えきれず通信機をオフにしてしまう。


 事実をそのまま描くというコンセプトであることはすでに述べたが、共同監督のメンドーサが自分自身と所属していた部隊の失敗を、これほど赤裸々に明かしたことは称賛に値する。劇中では、彼らが具体的にどんな司令を受けていたのかは明かされない。ただ彼らが任務に失敗し、なんら成果を上げられなかったことはわかる。ターゲットとなるアルカイダ幹部を仕留めたわけでもなく、隠密作戦も早々にバレている。負傷者も死者も必ず連れて帰るという「Leave no one behind」は、米軍の兵士の精神性を支える鉄則ともいえる不文律だが、結局は負傷兵を搬送するために通訳係のイラク軍人を犠牲にし、ラストでは米軍側が要請した爆撃でボロボロに破壊された家に、もとから住んでいたイラク人一家だけが残される。


 映画のリアル、戦争のリアルについて掘り出すとキリがないが、これほどナンセンスな顛末を戦争映画で見ることは稀だろう。すべてがあまりにも上手くいかない究極のドタバタ劇こそが、確かに戦場のリアルなのかも知れない。そして戦場での悲惨な阿鼻叫喚と同じくらい強烈に、あまりにも無為に終わったこの作戦のむなしさが印象に残る。



『ウォーフェア 戦地最前線』© 2025 Real Time Situation LLC. All Rights Reserved.



イラク戦争が“大義なき戦争”と呼ばれた背景



 本作は、現場の兵士たちのミクロな視点を貫くことで、政治性や党派性から距離を置いているポーズを取っているのだが、これが2006年のイラク戦争の最中であるという背景を完全に排除して受容することは難しい。


 イラク戦争はアメリカが「イラクは大量破壊兵器を保有している」「独裁者フセインは9.11テロを起こしたアルカイダと協力関係にある」「独裁者フセインの圧政からイラク国民を解放する」などと主張して起こしたもので、結局、大量破壊兵器は見つからず、アルカイダとの関係は立証されず、イラク国内を混乱させたままアメリカ軍は撤退した。現場レベルでの作戦が失敗したというだけでなく、マクロな視点から見ても大義を失った戦争だったのである。


 映画の中で「イラク戦争の背景」に触れなかったことについて、両監督は「すでに広く知られ、各所で語られてきたことだから」と語っている。前線の様子をそのまま見せるという企画意図からも、わざわざ劇中で外側の事情について触れる必要はなかっただろう。


 ただし、ガーランドとメンドーサの発言には微妙な差異がある。例えば「あるがままの戦場を見せたい」というスタンスは共通しているものの、元兵士で当事者でもあるメンドーサには「当日の記憶を失ってしまった隊の仲間のため」や「世の中に戦場の真の姿を伝えたい」という目標があり、一方でガーランドは「観客の知性を信じている、この映画をきっかけに思考して欲しい」と発言している。





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