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『トゥギャザー』愛と肉体が溶け合う、究極の純愛映画

© 2025 Project Foxtrot, LLC

『トゥギャザー』愛と肉体が溶け合う、究極の純愛映画

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たった二人だけの「人類補完計画」



 “他者との完全な融合”というテーマを前にして、筆者の脳裏をよぎったのは、『新世紀エヴァンゲリオン』における「人類補完計画」だ。


 全人類が肉体の檻(ATフィールド)を捨て、LCLの海でドロドロに溶け合い、一つの単体へと還る。そうすれば、他人との境界線は消滅し、拒絶も孤独もない完全な世界が訪れる――。ゼーレや碇ゲンドウが目指したあの結末は、(手段こそ超強引だったものの)ある種の救済として提示されていた。


 『トゥギャザー』が描く世界は、この補完計画を一組のカップルという最小単位で実行してしまった実験場とも言える。エヴァが目指したのが全人類規模での魂の回帰だとしたら、シャンクスが描くのは、目の前のパートナーとの個の統合だ。心の壁を取り払う精神的なプロセスよりも先に、強制的に肉体の距離がゼロになる。それは「ヤマアラシのジレンマ」において、互いの針が刺さる痛みすらも超越して、無理やりひとつの生物になろうとする行為に等しい。


 かの哲学者ジャン=ポール・サルトルは、戯曲「出口なし」のなかで、「他者は地獄である」と喝破した。自己の自由を脅かし、客体化する他者の視線こそが地獄であると。しかし、シャンクスはこの地獄を突き抜けた先にある、一種の涅槃(ニルヴァーナ)を描いた。互いの個が消滅し、痛みも快楽も共有する肉塊となった時、そこにはもう傷つけてくる他者は存在しない。我々観客の目にはグロテスクな悪夢と映るその姿も、当人たちにとっては、孤独から永遠に解放された「究極の肯定」の形なのである。



『トゥギャザー』© 2025 Project Foxtrot, LLC


 このハッピーエンド説を裏付けるように、監督は自身のプライベートについてこう語っている。


 「この映画は、誰かと完全に結ばれることに対する僕の恐怖と不安を祝福し、検証するものだった。(中略)そして映画が完成した今、僕はこれまで以上にパートナーと繋がり、コミットしているからこそ、その恐怖を少し過去のものにすることができたんだ」(*3)


 実は、本作が本国で公開された2025年の夏の時点で、シャンクスのパートナーは第一子を妊娠中であり、プレスツアーの終わりが出産予定日だったという。彼は、子供を持つことこそが「人間として可能な限り最も強く誰かと繋がり、融合する地点」であると信じていたのだ。


 この映画は、他者との繋がりを受け入れて親になるための、壮大な禊だったのかもしれない。 虚構の悪夢を通過儀礼として乗り越え、現実は新しい命の誕生へと続いていく。その奇妙な運命の巡り合わせも含めて、やはりこの映画は、愛すべき人生の讃歌なのである。


(*1)https://www.theaureview.com/watch/interview-michael-shanks-together/

(*2)(*3)https://filmmakermagazine.com/131439-michael-shanks-together/



文:竹島ルイ

映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。



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『トゥギャザー』

TOHO シネマズ 日比谷ほかロードショー中

配給:キノフィルムズ

© 2025 Project Foxtrot, LLC

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