2026.03.09
ふたつの新曲は名セリフの引用と前編への返歌
「ウィキッド」の舞台は第1幕が約90分、第2幕が70分。『ふたりの魔女』が舞台版の第1幕をカバーしていたので、ドラマの分量的に後編の『永遠の約束』は少なくなる。それを補完すべく2つのナンバーが新曲として加えられた。このように舞台版にはなかった新曲使用は、これまでも『レ・ミゼラブル』での「サドゥンリー」のように数々の例があるが、今回の2曲は作品のテーマ、およびエルファバとグリンダそれぞれの真意に寄り添う上で非常に効果的だったと言える。この2つの新曲は、オリジナル舞台版と同じスティーヴン・シュワルツが手がけたことで、作品内にスムーズに浸透する。
新曲のひとつはエルファバが歌う「ノー・プレイス・ライク・ホーム」。このタイトルが、「ウィキッド」の世界の源泉である映画『オズの魔法使』(39)から引用されているのは明らかだ。『オズの魔法使』のラスト、ようやく故郷カンサスに帰るドロシーが、グリンダと一緒に唱えるのが「There’s No Place Like Home(おうちがいちばん)」というフレーズ。この名セリフは、映画という枠を超え、後のさまざまなカルチャーで引用されてきた。『オズ』のドロシーにとって「おうち」が最高の場所。ゆえにそこに戻ることが最大の目的。一方でエルファバが「No Place Like Home」と訴えた場合、文字どおり「おうちのような場所はない」という意味が浮き出してくる。『ふたりの魔女』でオズの国を追われたエルファバにとって、もはや帰るべき「家」は存在しない。それでも「自分を愛してくれないこの場所を、なぜ私は愛しているのか」と、切ないまでに複雑な感情を歌い上げる。そして「戦い続けることで、家を取り戻すことができる」とも訴える。「ウィキッド」におけるエルファバのスタンスを鮮やかに伝えながら、『オズの魔法使』にもオマージュを捧げるという、最良のアプローチ。そのパワフルなメロディにエルファバ役シンシア・エリヴォの持ち味がいかんなく発揮され、感動せずにはいられない。

『ウィキッド 永遠の約束』© Universal Studios. All Rights Reserved.
そして追加されたもう1曲が、グリンダの「ザ・ガール・イン・ザ・バブル」。『ふたりの魔女』の冒頭が示したように、グリンダはバブル(シャボン玉)の中に収まってオズの上空から現れる。そのイメージをタイトルに、終盤のグリンダの新たな見せ場が作られた。オズの国で名声を手に入れ、人々から崇拝される存在になったグリンダだが、エルファバとの友情が壊れた状態で自分がその立ち位置にいることに疑問も抱いている。そして現在のこの生活が、虚構によって成り立っている事実も理解している。まさに安全なバブルの中に生きる少女だ。この曲の歌詞には、虚構や嘘に抗おうとするグリンダの切実な心情が凝縮されているのと同時に、純粋な夢を抱いていた少女時代への憧憬も込められている。歌いながら、数えきれないほどの衣装が並ぶクローゼットを覗くグリンダの表情には、その両面を感じ取れることだろう。「ザ・ガール・イン・ザ・バブル」はグリンダの自室で展開されるので、前作『ふたりの魔女』での「ポピュラー」への“返歌”の役割も果たす。軽快な「ポピュラー」とは対照的にバラード調のこの曲は、イケイケだった時代を通過し、グリンダが良識のある大人に成長したことも体現する。また、グリンダ役のアリアナ・グランデが、ミュージシャンとしてカリスマ的人気を博す現実と重ねることも可能で、作品を超えた感慨をもたらすのだ。