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『ウィキッド 永遠の約束』新曲と巧妙な演出で、舞台版と映画史への熱いリスペクト

© Universal Studios. All Rights Reserved.

『ウィキッド 永遠の約束』新曲と巧妙な演出で、舞台版と映画史への熱いリスペクト

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ドロシーを演じたのがダンサーである重要な理由



 その「ザ・ガール・イン・ザ・バブル」のシーンで、グリンダが鏡に映ると、鏡の中に(撮影する)カメラを移動させるなど、『永遠の約束』では随所に“映画的”演出が使われ、舞台版との見せ方の違いを強調する。この点は、『ふたりの魔女』からジョン・M・チュウが試みてきたアプローチだ。その演出が、さりげなく、しかし最も効果的に働くのはクライマックス。『ふたりの魔女』のオープニングにつながる衝撃の瞬間を、グリンダが覗き穴から見つめる描写かもしれない。舞台版では不可能なこの演出によって、映画を観るわれわれもグリンダの視線、気持ちに完全一体化する。魔女の魔法=マジックではなく、映画的マジックの秀逸さに息をのむ。


 このクライマックスの展開は舞台版「ウィキッド」に忠実であるが、もし舞台版を観ていなくても『オズの魔法使』の物語を知っていれば予想がつく。そして、『オズの魔法使』とのリンクは、『ふたりの魔女』以上に、『永遠の約束』に多発するので、舞台版未見の人は、その部分を楽しむことができる。


 『永遠の約束』の冒頭では、オズの国へ向かう黄色いレンガ道が作られる過程が描写され、その後、『ふたりの魔女』ではわずかに見つけられただけの、ドロシーや愛犬トト、カカシやブリキ男、ライオンというおなじみのキャラクターの姿が随所に登場。特にカカシやブリキ男にまつわるエピソードでは「ウィキッド」のユニークな着眼点に唸るはず。また、竜巻で家ごと飛ばされたドロシーが悪い魔女を下敷きにするという、『オズの魔法使』ではポジティヴな設定が、「ウィキッド」は魔女側からややネガティヴな状況として感じられるなど、同じ事象の複眼的視点は現代的だ。



『ウィキッド 永遠の約束』© Universal Studios. All Rights Reserved.


 『オズの魔法使』のメインキャラの見せ方に関して、ジョン・M・チュウ監督の強いこだわりは、ドロシーの顔を一切、映り込まなせなかったところ。わずかに斜め後ろから顔の一部が確認できるカットがあるが、それも一瞬。『オズの魔法使』におけるドロシーの衣装や靴、ヘアスタイルをパーフェクトに再現しながらも、映画史に残る有名キャラクターなので、顔が違えばそちらに気を取られるリスクがあり、それをチュウ監督は避けたのだろう。この“顔が見えそうで見えない”演出によって、ドロシーの存在はあくまでも背景となった。ただ、重要なのはドロシーの動き方。『オズの魔法使』でのジュディ・ガーランドのイメージを観ているこちらの脳内に再生させるべく、チュウ監督がドロシー役にキャスティングしたのは、ダンサーで振付家のベサニー・ウィーバーだった。どのような動きをすれば、あのジュディ・ガーランドのドロシーを甦らせることができるか。ウィーバーの“黒子”としての絶妙な表現力は、本作の陰の見どころと言えるだろう。


 『ウィキッド』2部作は、オリジナルのミュージカルを愛した人を満足させるだけでなく、特にこの後編『ウィキッド 永遠の約束』で、今から87年も前の名作中の名作『オズの魔法使』への橋渡しを試み、鮮やかに成功させた。映画の歴史へのリスペクトにも激しく心が震えるのである。



文:斉藤博昭

1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。クリティックス・チョイス・アワードに投票する同協会(CCA)会員。



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『ウィキッド 永遠の約束』

大ヒット上映中

配給:東宝東和

© Universal Studios. All Rights Reserved.

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