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『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』ウェルカム・トゥ・ユア・ライフ、人生の思いがけなさに向けて
2026.03.26
人生の思いがけなさに向けて
マーティは世界一の卓球選手として認められようとする旅路で、様々な階層と交わっていく。ハイクラスのセレブだけでなく、自分より貧しい人たちにも出会っていく。マーティは自分を大きく見せるために、オーバーサイズのスーツを着ている。サフディ兄弟の作品は、人物の歩く姿を後ろから追いかけることが多いが、マーティの肩で風を切るような歩き方は、まさしくこのキャラクターをよく表わしているといえる。マーティは、なりたい自分になるために服を着ている。なりたい自分になるために、あの歩き方を習得している。“自己発明”である。マーティは、ロウアー・イースト・サイドの靴職人として一生を終える気はない。ハリウッドのスターたちと並べるような、ハイクラス層へのステップアップを狙っている。
自分を大きく見せるために卓球協会に無断でリッツ・カールトン・ホテルに泊まったマーティは、引退したハリウッドスターのケイ(グウィネス・パルトロウ)と遭遇する。ハイクラスに潜り込む絶好のチャンスが到来する。ケイはマーティのハッタリを完全に見抜いているが、それ以上に彼のエネルギーに感化されていく。俳優をしていた頃の昔の自分が持っていたはずのエネルギーを重ね合わせている。2人の間には、パフォーマンスという共通点がある。マーティが見せるハッタリのように、パフォーマンスは『マーティ・シュプリーム』という作品の重要なテーマである。マーティは立っているケイの周りをぐるりと回りこんでからベッドに座る。スターのオーラを自分の肌で感じられるように。マーティのエネルギーに感化され、ケイは舞台に復帰する。このとき客席からの万雷の拍手を背中で感じる、ケイの喜びの表情が素晴らしい。ケイというキャラクターだけでなく、本作はグウィネス・パルトロウにとっても待たれていた復帰作である。マーティ・マウザーというキャラクターがティモシー・シャラメのスター性と部分的に並走しているように、ケイとグウィネス・パルトロウもフィクションとノンフィクションの間をシームレスに並走している。
そしてもう一人、マーティのエネルギーと並走する女性がレイチェルである。幼馴染であり、愛人のレイチェルこそが、世界を忙しなく走り回るマーティの本質的な対抗馬となっていく。レイチェルは次第にマーティ以上に、綱渡りの人生を全力疾走していく。本作の爆発的なエネルギーは、レイチェル=オデッサ・アザイオンなしでは考えられない。靴屋におけるファーストシーンがそうだったように、2人は人を欺く能力に長けている。レイチェルはマーティ以上に肝の据わったパフォーマーであり、トラブルがスクリューボール・コメディのように連鎖していく本作のエンジンであり、アクセルとなっていく。

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』© 2025 ITTF Rights LLC. All Rights Reserved.
マーティはロンドンでの世界選手権でエンドウに敗れる。彼はエンドウへの再戦に執着するようになる。初めてエンドウの卓球を見たとき、マーティはエンドウのラケットがボールにミートする際の、静かな打球音に言及する。思いがけずに敗れたエンドウとの初戦で、マーティは彼の静かな打球音にまったく対応できない。エンドウというキャラクターは、卓球選手の佐藤博治をモデルにしている。マーティ・リーズマンは、佐藤博治が打ち返すボールの軌道を読めなかったと自伝に記している。さらに、トッププレイヤーがボールを打ち返されたときに感知する音について、マーティ・リーズマンは次のように記している。
「野球の外野手は、バットの打球音で軌道を判断できることがよくある。同様に、卓球選手も、相手のラケットに当たった時の音で、ボールの速度を判断することができる。」(マーティ・リーズマン)*2
マーティ・リーズマンの言葉は卓球のことだけはなく、この映画の事故のような思いがけなさとつながっているように思える。マーティは予測のつかないボールのスピードに敗北する。利己的に夢を追いかけてきたマーティは、目標が消失した瞬間に、自分のすぐ近くを並走していたレイチェルの存在に気付く。レイチェルに追い越されていたことに気付く。レイチェルはいわば卓球台の向こう側にいるラリー相手だ。マーティは、彼女に打ち返されたボールの速度に追いついていない。そして夢が消えた瞬間に現れた、思いがけない人生=ボールの交錯を前に、マーティの価値観は美しく敗北する。価値観の敗北という事故こそが、最大の可能性になる。
“Welcome to your life(ようこそ、君の人生に)”。マーティは、祈るような気持ちで両手を組むだろう。『マーティ・シュプリーム』は、人生の思いがけなさを祝福する映画だ。魂の復興に関する映画だ。この映画は途方もない熱量を持って、私たち観客に伝えようとしている。ある日、まったく思いがけないところから人生が切り開かれていく可能性があることを。
*[Sofilm Janvier-Fevrier,2026]
*[The money player the confessions of Americas greatest table tennis champion and hustler ] Marty Reisman
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー中
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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