© 2025. Distinto Films SLU, Nexus Creafilms SL, A Contracorriente Films SL, Diverso Films AIE
『幸せの、忘れもの。』静けさの中に宿る強さと、異なる感覚世界が交差する瞬間の尊さ
手話と音声言語という二つの文化
本作の特筆すべき点は、「音」を単なる演出効果としてではなく、感覚そのものを翻訳する手段として扱っているところにある。とりわけ出産のシークエンスでは、通訳の不在という現実的な状況の中で、アンヘラが感じる孤立が極めて生々しく描かれる。音が遠のき、呼吸や身体の内側の感覚だけが際立つ瞬間、観客は彼女の視点へと引き込まれ、言語を介さない理解に到達する。また、物語の後半で訪れる音響の変化は、彼女が日常的に抱えてきた隔たりや痛みを、直接的な言葉に頼ることなく伝達する役割を果たしている。
監督エバ・リベルタと主演ミリアム・ガルロが実の姉妹であるという事実も、この作品に独自のリアリティを与えている。長年にわたる対話と経験の蓄積が、物語の細部にまで行き渡り、表層的な理解にとどまらない奥行きを生み出している。短編『Sorda』から発展した本作は、個人的な視点から出発しながらも、「他者の世界をいかにして共有しうるのか」という普遍的な問いへと昇華されている。

『幸せの、忘れもの。』© 2025. Distinto Films SLU, Nexus Creafilms SL, A Contracorriente Films SL, Diverso Films AIE
また本作は、ろう者と聴者の関係を単純な対立構造として描くことを避け、それぞれの立場にある論理や感情を丁寧にすくい上げている点でも優れている。エクトルは決して無理解な存在ではなく、むしろアンヘラを深く愛しているからこそ、自らの信じる「最善」を娘に与えようとする。その誠実さが、かえってすれ違いを深めてしまうという構図は、障害の有無にかかわらず、多くの人間関係に通じる普遍性を持っている。
さらに、手話と音声言語という二つの文化のあり方を並置することで、「どちらが正しいのか」という単純な二項対立ではなく、「異なる前提を持つ者同士がいかに共に生きるか」という問いを浮かび上がらせる。観客が無意識のうちに抱いている価値観や偏りに気づかされる瞬間もあり、その静かな問いかけは鑑賞後も長く心に残り続ける。