1960年代後半、イギリスのロンドンで巻き起こったポップカルチャームーブメント”スウィンギング・ロンドン”は、映画、音楽、デザイン、アート、文学、そしてファッションを介してイギリス全土から世界中に拡散。中でも、小枝のようなスリムなボディと個性的なアイメイク、アイコニックなミニスカート姿で古臭いファッションシーンに風穴を開けたツイッギー(小枝の意味)は、そんな時代のアイコンとして今も語り継がれる存在だ。
前作『マリー・クワント スウィンギング・ロンドンの伝説』(21年製作のドキュメンタリー)でも、ミニスカートを世に送り出したデザイナーを主軸に革命の時代を振り返ったサンディ・フロスト監督。彼女の最新作がドキュメンタリー映画『ツイッギー』(24)だ。”スウィンギング・ロンドン”を語る上で絶対に外せない真打の登場である。
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そのセンセーションはスーパーだった
まず、ツイッギーの登場がいかにセンセーショナルだったかを記さなければいけない。ツイッギー以前のモデル業界では、モデルたちは選ばれた特別な存在で、一定以上の身長がなければファッション誌やランウェイに登場できなかった。そんな時代に、ツイッギーは身長168センチ、体重41キロという痩せ細った姿で現れる。プロポーションだけではない。大き過ぎる付け睫を目の上下にくっつけた大胆なアイメイクとピクシーカット、そして、労働者階級出身であることを少しも隠さないコックニー訛りでメディアに衝撃を与える。時代は1966年、ツイッギーがまだ16歳の頃だ。

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ヘアスタイルこそロンドンのメイフェアに店を構える有名ヘアスタイリスト・レオナルドがカットしたものだが、アイメイクはツイッギー自身が子供の頃から一緒に遊んでいた縫いぐるみの目を真似したものだった。彼女は色々な意味で既存のモデルとは異質だったのだ。
以後の快進撃はシンデレラストーリ―の範疇を超えている。レオナルドはツイッギーをモデルにしたピクシーカットの写真を店内に貼っていたところ、それをたまたま日刊紙”デイリー・エクスプレス”のジャーナリスト・ディアドラ・マクシャリーが見て興味を持ち、紙面で”66年の顔”として大々的に紹介。やがて、その顔とスタイルは一流ファッション誌を独占し、翌67年には自らのアイディアを注入したブランド”ツイッギー・ドレス”を発表。本作の中で「彼女は3週間でトップモデルになった」という関係者のコメントが紹介されるが、決して大袈裟ではなかった。
1967年の3月にはアメリカに進出し、ニューヨーカー、ライフ、ニューズウィーク等の一流誌がカバーストーリーを組み、5月にはパリで”ヴォーグ誌”の表紙を飾り、10月には来日し森永チョコフレークのCMに登場、”かる~いスナック”というフレーズと共にセンセーションを巻き起こす。そんなツイッギーに元祖スーパーモデルというキャッチフレーズが付いたのも頷ける。その呼び名はモデルを超えた存在であることの証明なのだから。